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【No.192】 2007.12.11 / 07:00 | 創作物

■ 作品消化祭:五日目

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#また寝てました……駄目だこりゃ

◆Devotion(下)(1/5)
ジャンル…オリジナル
形式…小説
補足…リアル文化祭での作品。若干修正済。
 序、上はサイトに置いてあります。


続き

 始めに感じた感触は、これまで感じたことの無いような、冷たい風のものだった。
 ――嗚呼、これが地神の、言わば腹底なのだろうか。
 体中から小さな痛みが感じられるものの、どうやら五体は満足なままのようで、感覚も正常なようであった。
「ん……」
 シュウナイは、うっすらと眼を開いた。その瞳に映るのは、岩々の壁と微かな光のみ。
 体を起こそうともせず、彼女はただ光指す方を見続けた。ただ、何も考えず、何も考えられず。結い紐を失ったその髪が、風に吹かれる感覚を感じながら。
 不意に、シュウナイは何か異質な気配を感じた。痛みに耐えながらゆっくり、しかし焦るように体を起こす。ぼろぼろの自分の姿を見て、そして背後、気配のする方を向いた。
 闇から姿を現したのは、神々しい大きな白い虎と、その背に乗った少女であった。その淡い蒼の光を身に纏った一人と一匹は、ゆっくりとシュウナイへと近づいてくる。
 驚きで何も言葉を発せないシュウナイの目前で、やがて彼らは立ち止まった。
 背に乗った少女は、シュウナイの方をじっと見つめる。そして、にんまりと笑って言った。
「やっと、気がついたか」
 爽やかなセミロングの髪が、ほんの少しだけ、揺れた気がした。
 歳はシュウナイより少し上だろうか。座っている為正確には分からないものの、少女はシュウナイよりも体格がよく、背も少し高く見える。
「……あ、はい、どうも……」
 ぼんやりと、シュウナイの口からそんな言葉がついて出た。放心状態で、一人と一匹を見つめながら。
 ――谷の底には、<地神>が住んでいるんだよ。
「あの……」
 絞り出す様に、シュウナイは問うた。
「あなた達が、地神……?」
「いや」
 少女は即答した。
「やっぱり、贄だったか……」
 そう呟いた少女の言葉に気付いたのか気付かなかったのか、シュウナイは質問を続けた。
「じゃあ……ここは、地神のお腹の中ですか?」
 少女と白い虎が少し視線を交え、彼女は言った。
「まぁ……合ってるっちゃ合ってるけど、合ってないっちゃ合ってないな」
 シュウナイは少女の顔を見て、疑問符を浮かべた。
 そんなシュウナイの符に応えるように。
『もう少しマシな説明をしてやりなさい』
 何処からともなく呆れたような声、否、言葉がまるでテレパシーのように頭に飛びこんできた。重厚で、老人の様な。
 突然の出来事に、シュウナイは思わず眼を見開いた。
 シュウナイの様子をまるで無視するかのように、少女は白い虎の顔を見て言った。
「だったらハクシュウが説明してよ」
『却下だ』
 再びその言葉がシュウナイに届く。
「あの……」
「ん」
「今の声は……」
「あぁ」
 少女は笑い出した。
「そりゃそうだよな。僕だって、最初は何の事やらさっぱりだったし」
 そして、彼女は深呼吸をして続けた。
「さっきの爺さんみたいなのは、ハクシュウの言葉だ」
 そう言って、彼女は右手で白い虎――ハクシュウの頭を指した。
「ついでに言っておくと、僕の名前はハシュツ。元崖上の民、現幽霊みたいなもん、かな」
「幽、霊……?」
 シュウナイの瞳が、再び見開かれた。
『これ、娘が怯えておるぞ』
「あぁ、先に説明するのはまずかったか。不意打ちよりマシだと思ったんだけど」
 そう言って、ハシュツは苦笑した。
「えっと……」
 消え入りそうな声で、シュウナイは言葉を紡いだ。
「私は……生きてるんですか?」
『まぁ、当然の問いではあるのう』
 溜息を吐くように、ハクシュウは言った。
「単刀直入に言うと、君は今、生きてる」
 一瞬安心しかけたのもつかの間。
「じゃあ、ここは……」
「此処は……<大地の世界>の奥底」
 シュウナイの心臓が、強く打った。
「じゃあ……私は……」
 その曖昧な言葉を投げかけられ、困惑した様子でハシュツはハクシュウを見た。やれやれ、と一息ついて、ハクシュウは言った。
『おぬしが<地神>とは大地の世界の奥底そのもので、そしてここを<地神>の腹の中であると考えるのであれば、お主は贄の役割は果たしたと言えるであろう。……<崖上の民>は、文字通り崖上でしか生活を営まないからのう』
「えっと……よく解らないですけど、とにかく……私は役割をきちんと果たしたという事でいいんでしょうか……?」
 シュウナイの顔が、心配そうに歪む。
『……我はそうだと思うのう』
 ハクシュウの言葉は、心なしかぎこちない感じがした。
「とりあえず腹が減っているだろう?場所を移動しようか」
 ハクシュウの言葉に間髪入れず、ハシュツは笑ってそう言った。
 ほんの少しの沈黙の後。
「……はい、でも体がまともに……」
『若干でも動けるのであれば、我の背に乗るとよい』
「え、でも実体は――」
「実体が無いのは僕だけで、ハクシュウにはちゃんとあるよ」
『うむ。ただ、ハシュツを掴んで支えようと言うようなことはせぬようにな』
「……解りました」
 その言葉を受け、ハクシュウはシュウナイの横へと身を動かした。近づいてみると、成る程、ハシュツは確かに若干透けて見えたが、ハクシュウの体はそうではなかった。
 ハクシュウを支えにシュウナイは立ち上がり、そしてその背へと跨った。
 彼が足を動かそうとしたその時、ハシュツがあっ、と声を漏らし、シュウナイの方を向いて言った。
「そういえば、名前は?」
「あ。私、シュウナイといいます」
「そっかー。よろしく、シュウナイちゃん」
 そして彼女は、再び笑った。

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