- 始まる/続く 物語 -



 黒猫を象った生人形を肩に乗せ、星頭巾を被った小柄な少女は、震える手でフィールドダガーを握り締めていた。
 下手をすればノービスにも見えてしまうこの娘は、れっきとした盗賊職。しかし、一言で「職」と言っても「ジョブ」と「キャラクタークラス」では全く意味が異なる。彼女の場合は勿論後者であり、前者の様な度胸など持ち合わせてはいなかった。もっと言うならば、冒険者に必要な最低限の勇気さえも無いかもしれない。
 時は暁、場はカニング。
 カニングと聞けば、黄昏の展望を浮かべる者が多いだろう。廃墟が点在するその街は、終末を彷彿とさせる日暮れが似合うのかもしれない。
 恐怖漂う夜へと誘う黄昏に対し、夜明けのカニングは一種のカタルシスを感じさせる。闇の終わり、始まり、再生――破壊と再生の街、とはよく言ったものである。しかし、「盗賊の街」であるが故だろうか。夜明けの光さえも、街に漂う虚空感は消し切れない。
 大通りを警戒しながら歩く少女は、このカニングシティがあまり好きではなかった。理由は簡単、治安が悪いからだ。
 「盗賊の街」という呼び名は、この街で転職できるキャラクタークラスに拠ったものではない。ジョブとしたの盗賊、ならず者達も多いのだ。また、孤児も多いと聞く。勿論彼らに罪はないのだが、その所以を考えれば、カニングという街に警戒心を抱くのは仕方が無い。
 少女の今回の出発点はぺリオン、目的地はヘネシス。少女の性格を考えればエリニアルートを選ぶべきだし、普段の彼女ならそうしただろう。しかし、少女は敢えてカニングルートを選んだ。
 少女は「冒険者」となってからも、一人で行動することはあまりなかった。年齢の問題もあるが、一番の理由は、やはり彼女が臆病であったこと。
 しかし、今日からは一人で道を切り開かねばならない。生人形とは一緒だが、自身を「庇護」してくれる存在はもういないのだ。決して奪われた訳ではない。それは、自分の選んだ道なのである。
 ――それにしても、と少女は空いた左手で鼻と口を覆った。「始まり」に似合わぬ血生臭さと、何かが燃えたような臭い。あまり、街中では嗅ぎたくはないもの。
 もう、事後なのだろうか――臭いは感じられど音は聞こえない。寧ろ、不気味なぐらい静かだ。
 漂う方向に目を向けはしても、そちらに足を向ける勇気は、少女にはまだ無かった。





 「転職」によって後付された性質故か、盗賊職の人間というものは、無意識に気配を隠してしまうものだ。少女とてそれは例外ではなく――きっと、突如目の前に現れたこの人物も同じなのだろう。
 大通りが終わり、細道ばかりの区画。ビルが並ぶが故に今尚暗いその場所を、少女は歩いていた。付け加えるならば、目の前の人物はローグのスキルである「ダークサイト」を使用していた。故に、互いに随分と接近してから、互いに気がついた。
 少し離れてフルーツダガーを突きつけるこの少年は、少女より一つか二つ、年下であろうか。酷く疲れた顔をしているが、少女には直接的な恐怖心や殺意などは向けられていない。しかしそれらが無いという訳ではなく、それが少女以外の何か――もしかすると、世界全てに向けられているというべきか。的外れかもしれないが、直感的に少女はそのように感じた。
 シャツから伸びるその手は細く、薄汚れたその姿から見るにストリートチルドレンであろうか。
 行動、装備などから、恐らく少女よりはレベルも低いだろう。彼女はそう判断する。こうみえても、少女は二次職のシーフだ。独学故に攻撃面には不安があるが、補助技であるヘイストなら使うことができる。目の前の少年が自分より低レベルという保障はどこにも無いが、しかし逃げるだけなら問題ないと考えた。
 だが、少女はまだ逃げなかった。ただ、フィールドダガーを突き出し返す。
「――ア、アンタは」
 切り出したのは、少年。
「アンタも、「奪う」のか?」
「奪、う……?」
「まだ、俺から何かを奪うのか……?」
 少年の声は、震えていた。
 彼女は考える。これはきっと、防衛行動。彼は恐らく、何かを奪われた側。
「そ、そんなつもりは――」
「じゃあ、その証拠に武器を放してくれ!」
 流石に、少女も躊躇った。
 この一連の流れが演技だとしたら、どうする。他に仲間が居たとしたら――?
「君が先に捨ててくれれば、自分も捨てるよ!」
「……アンタが先に捨ててくれれば、俺も捨てるさっ」
「いや、でも――」
 押し問答が続く。
 ここがカニングでなければ、すぐに武器を手離したかもしれない。
 彼女が庇護されたままだったならば、逃げることを優先したかもしれない。





 石畳に金属の触れた音が、響いた。
「……」
 先に手を離したのは――。
「君の、番だよ」
 丸腰となったのは、少女だった。
 カラン、ともう一つの音がする。
「……信じるよ」
 フルーツダガーを投げ捨てて、少年は少女を真っ直ぐに見た。
 盗賊同士であれば、相手が手裏剣を隠し持つ可能性も容易に考えられるだろう。少女には無理だが、シーフでもラッキーセブンなら使える者も多い。
 だが、少女は武器を手放したし、少年もそれに応えた。
 少女には最悪の場合でもヘイストやダークサイトなどで逃げる手段は確立出来ていたし、愛着があるとはいえ武器も買い直すことは出来る。しかし、それらの余裕があったとは言え、臆病な少女にとってこの行動は大きな賭けとも思えた。
 金の髪の少年は、レヴェンツというらしい。あまり多くは語ってくれなかったが、少女は問い詰めなかった。カニングという街、この姿、そして「身寄りを失った」という情報だけ、彼女には十分過ぎた。
 少女も一応名乗ったが、少年の「じゃあ……アンタは俺にとっちゃ、盗賊の先輩っすね!」という一言で、名乗りは無意味に終わってしまった。だが、悪くは無い。ずっと誰かに頼って生きてきた自分が、初めて誰かを助けられるのだ。

 こうして、今日初めて出会った二人は、これから続く付き合いの第一歩を踏み出した。並んで歩くことを止めても尚、長きに渡り続いていく絆の始まり――。
 やがて、少し別行動をした間に、今度は少年が「助けた」などと言って一人の少女を連れてくるのだが、それはまた別の話。





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 文化祭 in MapleStory 2012さんに飛び入り失礼致します。
 一場面ぶった切った様な掌編ではありますが、少しでも「それぞれの物語」感が出ていればいいなあと思います。





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2012.11.4up

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