「おーおー、ミリア、こんなところで何やってんのかなー?」
其処に現れたのは、虎剣を携えた男と、黒く細い弓を構えた男であった。その二人の顔を見て、ミリアの表情は一変する。立ち上がり、彼女は叫ぶように言った。
「な、なんなのよあんた達! 白虎狙いで来た訳?」
「知り合いですか?」
一応レンはそう問うも、状況から顔見知りである事はほぼ確定事項であった。
虎剣男は不敵な笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「いやーそれも無いこっちゃないが、人の気配がするから来てみたら綺麗な青髪女がいたっていうね」
「まぁ確かに目立ちますからねぇ、森で焚き火は」
「いや、ミデンさん、そんな落ち着いている場合では無いですって!」
思わず、レンはミデンにそう突っ込みを入れる。いつの間にか白虎はレンの腕の中にはおらず、彼の側に座り事態を静観していた。
そんな彼らとは対極的に、緊迫した様子でミリアは応答を続ける。
「……あたし目当てって訳?」
「まぁ、そういうこっちゃ」
虎剣男の赤く鋭い目が、ぎらりと光った。
「ば、馬鹿じゃないの? あたしはちゃんとボスのお墨付きで組織を抜けたのよ、もうあんた達の仲間なんかでもないの!」
「組織……?」
そう呟くレンに答えるように、虎剣男は空笑いして言った。
「あんた達知らないのか?」
「さっき知り合ったばかりですからねっ」
「まぁ、知らない方が好都合だ」
「――闇ギルド」
そう言ったのは、ミリアだった。
「私が「不本意」に籍を置いてた、ね」
二人の乱入者を見据えたまま、ミリアは告白する。
「抜けることが出来たから、同業者から逃げるために金が欲しかった。全てを捨てて、カニング、この島を出る為の――」
「成る程、そういう事だったのか……」
金目当てである、とあの時強く言っていた彼女――。
「……で、あんた達にあたしを捕まえて何のメリットがあるっていうの?」
「同業者の、依頼……」
ずっと黙り込んでいた弓男が、小声でそう言った。
ミリアの目が見開かれる。それを見て、虎剣男は下品に笑って言った。
「まぁ、そういうこっちゃな。お前は殺務はやってないとは言え、恨みは沢山買ってらぁ。……悪く思うなよ、もう「仲間」じゃないしな」
それは凍り付くような笑顔と声で、彼らは思わず硬直する。
ひゅっ、と風を切る様な音が聞こえた。それは、ミリアの体のすぐ側を一本の矢が通り過ぎた音であった。それに他の二人が気付いたのは、矢を射終えた男の姿を見た時。スカートの下に隠された手裏剣に触れる前に、ミリアの手も止まる。ただ、絶望の狭間に立ったような顔で、元同僚の二人を見つめていた。
「次は……外さない……」
虎剣男が獰猛なカズアイのようであるならば、弓男は言わばゴーレムのような静かながらも恐ろしい存在感を放っており……互いに共通しているのは、獣のような気迫を放っているということ。
「……レンさん」
彼にしか聞かれない様、ミデンは小さく話しかける。
「はい……?」
「あのお二方を、退けましょう」
え、と小さくレンの声が漏れる。
「元々私が、関わった方を見捨てはしない主義なのもあるのですが……どちらにせよ、本当に闇ギルドの方でしたら、私たちをも始末しようとするでしょう」
淡々と、彼は言う。
「彼らの姿を確認したところ、まだ二次職であるように見受けられました。レンさん、貴方は確かバッカニア……三次職とおっしゃってましたよね」
「ええ、まぁ……」
「手練れの二次職でも、三次職であればスキルや上乗せされた力の関係で、退けるだけでしたら何とかなる……と思うのですが如何でしょう。サポートは致しますが」
「……まぁ、それなら……」
その返答を聞き、ミデンは傍らへ置いていた竪琴をさっと構え、早口に詠唱した。
「我が身体に渦巻くマナよ……障害を退ける為の力と成り給え――ブレス!」
再び弦の上を指が、だがミリアの手裏剣を退けた時とは違う動きを見せる。
一瞬彼の体から赤紫の閃光が出たかと思うと、今度はミデン含む三人の体の周りを、閃光と同じ色をした光の粒子が踊るように舞い落ちた。
弓男は反射的に再びミリアの、今度は肩に向けて矢を射った。が、寸前の所で彼女は避ける。
「なっ……!」
そう声を漏らしたのは虎剣男で、弓男と、そしてミリア本人はただ驚きの表情を浮かべていた。
元々シックスセンスで底上げされた回避能力を持つ盗賊に、ミデンのかけたブレスによる補正が上乗せされ……現在の彼女の能力は、二次ながらも手練れの弓使いの矢を避ける迄に上がっていた。
牽制していたにも関わらず動き出した彼らを見て、虎剣男も剣を構え駆け出す。革ジャケットにレザーパンツと軽装備な為か、その動きは並の戦士のものとは比べものに成らない程に素早かった。が、ミリアに振り下ろされた剣は、彼女に当たる前にその動きを止めた、否、止められた。
彼の前に立ちはだかりその刃を止めたのは、レンの両拳、正確にはその手にはめられた武具の甲に付けられた、四本の刃であった。弾け飛ぶように、彼もまたミリアの前へと飛び出したのだ。
驚き半分といった様子で、だが歪んだ笑みを浮かべながら虎剣男は問うた。
「てめぇ……盗賊、か? が、その割には力があんのな」
「想像に、任せます」
そう苦しそうにレンは言うと、左拳で剣を弾き、そのまま半回転する。それは敵に背を向ける形ではあったが、弓男とレンの間には虎剣男がおり、弓男が弓を放てる状況では無かった。
弓男がポジションを変更しようと左足を一歩踏み出した直後、轟音と共に彼の前へと何かが飛んで来る。
それは、虎剣男であった。さほどダメージは入っていない筈であるのに、彼はふらふらとレンを睨み付けていた。当のレンはというと、虎剣男とミリアの間で乱入者を見つめたまま未だ背を向けていたが、それも一瞬の事で、再び半回転すると体勢を整え息一つ吐いた。
「貴様……何をした……?」
レンはただ答えず、二人を見つめ続ける。
彼は半回転した瞬間に、エルボーを男に打ち込んでいた。エルボーと同時に凝縮された気も打ち込んでおり……その結果、打ち込まれた男の体は痺れに捕らわれていた。
が、元々バッカニアは二次職であるインファイターのスキルを中心に戦う職である。加えて、相手は闇ギルド所属という精鋭。先制出来たのは単に海賊という彼らにとって未知数の職とスキルであっただけであり、分は悪いというのはレン自身が一番感じていた。
そんな彼の耳が、小さいながらも再び竪琴の音を捕らえた。と思うと今度は白い閃光が場を一瞬にして包む。その光が消えたかと思うと、二人の男は僅かに呻き声を上げ、地に膝を付けていた。
何時の間にかミリアの後ろに立っていたのは、竪琴を構えたミデン。その背後に一瞬ながら白い人影が存在していた事には、その場に居る誰も気が付く事は無かった。
ただ彼らを睨み付け、男達は小さく言う。
「餓鬼に大人しそうな奴だと思ってなめてたが、どっちも意味の解らんスキルを使うと来た……本気でかかった方がよさそうやね」
「だ、な……」
二人の気迫に、ミリアの血の気が引いた。
そんな彼女の側から、青い光――スクリューパンチを使ったレンが飛び出した。標的は、二人。その早さをも弓男は辛うじて避けたが、戦士である虎剣男は間に合わなかった。胸にパンチを入れられ、レンと共に弾け飛ぶ。勢いが死んで一瞬動きが止まったレンに矢を放とうと弓男が矢を向けたが、それもまた一つの光の玉で止められた。
「妨害はご勘弁、ですよ」
そう静かに言うミデンの右手は、いつの間にか弦を離れ小さな杖を持ち、その杖を弓男に向けていた。
「……まぁ……任務、だ……」
弓男はミデン達の方を振り返ったかと思うと、横っ飛びで死角へと移動しようとする。しかし、弓男よりミデンの方が僅かに早かった。弓が放たれる一瞬前に、彼は杖を一の字に振って、マジックガードを張る。勿論、普通の魔法使いでは特化でもしていない限りマジックガードで他人を守る事など出来ない。ミデンの膨大な「負」の魔力で「属性の無い」マジックガードを応用するからこそ出来る芸当であった。
「私はサポートする事しか出来ませんから……貴方も、お願い致します」
放たれた矢を弾き、ミデンは小さくそう言った。
× × ×
木々の間で戦闘を続ける二人にとって、互いの気配と音、そして木々の間からこぼれ落ちる月の光だけが頼りであった。
レンの武具に付いた刃は正直補助的なものであり、殺傷力が高い訳ではなく刃相手には不向きな得物であった。一方、男の使う虎剣は、両手剣の中では比較的軽量であり、他の両手剣程も隙は出来ない。が、そうは言っても所詮は両手剣。手数の多いナックル使いの隙を突ける程早く扱うことは、たとえ闇ギルドの組織員であれど困難であった。
レンの体は既に泥だらけであり、幾つかの服の裂け目からは僅かながらも血が流れていた。一方の虎剣男は、服の裂け目から僅かばかり血が滲んでいるに過ぎない。明らかに、男の方が有利な状況であった。
……一つだけ、レンの頭には状況を打開出来るかも知れない技が浮かんでいた。だが、それは自力で習得した訳ではなく先天的に扱えるだけであり、またそのスキルを使用する事は彼のアイデンティティの崩壊に繋がりかねない為、彼自身、既に生か死かというところまで来ているにも関わらず、未だに踏み切る事が出来ずにいた。
若干の距離が空いたとき、虎剣男が言った。
「貴様、どうしてあの女を守るんだ?」
突然の発言に、レンは距離を詰めずに言う。
「あの子を守る為に戦ってるんじゃないです、自分が死なない為に戦ってるんです」
「そうかいそうかい」
虎剣男は笑う。自らに有利な状況であろうか、その笑いにも余裕が感じ取れた。
そして、冷たい声で言った。
「じゃあな……ミリアと引き替えにお前達の安全を保障すると言ったらどうよ?」
「な……?」
突然の交渉に、レンの動きは止まる。
「し、信用出来ません!」
「まぁ、解らんでもないやな……じゃあ、あの女の「価値」を言ったら応じてくれるか」
陽気に、だが非常に冷酷に男は言った。
「あの女はボスのお気に入りでな、組織内にもそれを妬む奴は沢山いらぁ。勿論、重要な仕事もやっていたから組織外の奴の恨みも沢山買ってるけどな」
ニヤリ、と男は笑った。
「ま、そんなもの無くても青髪の人間族ってだけで希少価値があるんだが」
ぎりり、とレンは歯を食いしばった。
――偽善? 同情? それとも……。
「前言撤退します」
「あぁ?」
「自分の身を守る為以外にも、あなた達を退ける理由が出来ました」
ただそれだけ、レンは言う。だが、男は何かを察したように。
「……やれるもんならやってみなあ!」
餌を見た猛獣の様に、レンに向かって刃を振り下ろそうとした。それを見て、レンは右へステップをする。それを読んでいたかのように軌道の変わる刃。その刃を、レンは左拳で受け流す。
「意外とやんのな」
「伊達に一人旅はしてませんから」
「だが……甘いぜっ!」
受け流された勢いを殺さず一回転し、再びレンに向かって振り下ろす。とっさに両拳で受け止めようとレンは構えるが、男の背後に黒い影が現れたのに気付くのが遅すぎた。
黒いプレッシャーの影からは負のオーラが放たれ、そのオーラはレンを襲う。体の力が抜けるのと虎剣が振り下ろされるのは同時で、刃が肉体を斬る事は無かったものの、レンは弾かれるように仰向けに倒れ込んだ。
「自分の戦闘力を考えてから、ものを言うんだな」
勝者の笑みと言ってもいいような、意地の悪い笑みを浮かべて男はレンを見下ろしていた。
――決めた側から、これか。
あまりに不格好な現状。
自分の為で無いのなら、「自分の為」でためらっている場合じゃない――。
両拳を握りしめ、レンは目を開き男を睨み付けた。
「決めた……」
唯、それだけ言って。レンは気を増幅させようと、歯を食いしばり体にありったけの力を込めた。
一瞬の事であった。彼の体が光に包まれ、男は思わず後ずさりする。
「な、何だ……?」
光が消えたとき、其処に立っていたのは――。
「出来れば、使いたくなかった……」
人型ながらも人ではない、宙に浮き青い光を放つ「女性型」の生命体であった。
× × ×
――生物学的性によって姿が決まるそのスキルを使用することは、自分が「女」であると認めることに繋がると、「彼」はずっと思っていた。
変身が解け、すとん、と「彼」は再び地につく。
その背後には、無惨な状況となった地の上に横たわる虎剣男がいた。死にはしていないものの、虎剣は既に何処かへと消え失せ、当の本人も気絶していた。
「……解らない」
ただそれだけを呟いて、レンは男の方を振り返る。気を失っているのを確認すると、ポケットからコンパスを取り出し、恐らく自分たちが居たであろう場所へと向かい、歩き出した。
……少し迷いながらも、十数分程で、レンはその暖かな炎を見つける。
其処に弓男の姿は無かった。其処に居たのは既に就寝モードに入っている愛猪とミデン、そして白虎を抱いたミリアであった。
「だ、大丈夫だった……?」
最初に口を開いたのは、ミリアだった。
「ええ……何とか」
そう答えるレンの声は、何処か弱い。
「……何か、あったのか?」
白虎の問いには答えず、二人と同じように焚き火の側に座り、レンは口を開いた。
「もう一人の人は?」
「分が悪い、と去っていかれましたから、恐らく今日はもう来ないでしょう」
「成る程。こっちも多分……大丈夫だと思います」
化け物、とあの時虎剣男はレンの変身体へ向けて叫んだ。
未知のモノは全て人の目には化け物に映る。それを知っていても尚、レンはその言葉を受け流すことが出来なかった。まるで、自分の不完全さに向けられている様に聞こえて――。
さて、と突然ミデンは言って、ミリアの方を向く。何か裏でもありそうな、そんな笑みを向けて彼は言った。
「貴女の遂行しようとしている白虎さん捕獲の報酬は、何と言っておりましたっけ?」
「ちゅ……中級クリスタルよ」
「種類は?」
「知クリ! ほら、解るでしょう、あたしがこの白虎を欲しがる理由っ!」
確かに知恵の中級クリスタルを売れば、この街……いや、島を出て旅を始めるのも難しいことではない。その位価値のある物品なのだ。
だが、必死にそう言うミリアの声には、初対面時の「強さ」は無い。それに気付いているのかいないのか、レンが口を挟んだ。
「でも、だからってその白虎さんを金持ちに売る事なんて、出来るんですか?」
――青髪の人間族ってだけで希少価値があるんだが。
嗜好される立場のものが、嗜好される事を前提に「何か」を売ることは非常に厳しいことであり。
「それは――」
ミリアも例外では無かったのか、そう言って黙り込んだ。
気まずい空気が流れ始める。彼女の腕の中の白虎も、レンも、彼女に言葉をかける事は出来なかった。
……動き出したのは、ミデンであった。ふぅ、と息を吐き、傍らに置いてあった革袋を漁り始める。そして、薄汚れた布に包まれた拳大の何かを取り出すと、再び彼はミリアの方を見た。ばつの悪そうな顔をした彼女の手を取り、ミデンは両手で彼女の手を包み込むような形で、「それ」を彼女の手に握らせる。怪訝そうな面持ちで、ミリアは彼の顔を見た。
「は……?」
だが、ミデンは相変わらず微笑むだけで、何も言わない。眉を顰め、ミリアは渋々といった様子で「それ」に巻かれた布を解き始めた。
そして、解かれ始めた布の隙間から「それ」が姿を見せ始めた時。
「こ……これって……!」
「何だ何だ」
レンも身を乗り出し、ミリアの手元を覗き見る。彼もまた、目を見開いて言葉を失った。
若干の間。白虎だけがまだ「それ」が何なのか理解出来ず、ミリアの手とミデンの顔を交互に見つめていた。
そんな白虎と、そして二人を見つめて、ミデンは言った。
「俊敏の上級クリスタルです。知恵でないのは申し訳ないのですが、売却目的でしたら問題無いでしょう」
「な、なんでこんなものを――」
「私、実は材料と道具さえあれば製作が出来るのですよ。とある錬金都市に立ち寄った事がございまして。……懐かしいですねぇ、錬金術を応用してより手軽に物品を作れるようにー、と研究をするマレンさんのお手伝いをしたのは何時でしたか……」
過去を回想するように呟くミデンに、ミリアは再び問いを発した。
「あんた……本当に何者なの……?」
レンは思わずミデンの顔を見る。だが、心配そうな彼を尻目に、相変わらずの笑顔で彼は答えた。
「少しだけ風変わりな、吟遊詩人のプリーストでございます」
ミリアが何か言いたげに口を開く。だが、音が言葉として成り立つ前に、ミデンは更に言葉を続けた。
「それで……私もこういった事を言うのは好きではないのですが、こういうのはどうでしょう」
ミリアの腕の中から白虎を抱き上げるミデン。そして、彼は笑顔で言った。
「――そのクリスタルと引き替えに、この方の……そうですね、露骨な言い方をしますと、決定権を私「達」に頂けないでしょうか」
その彼の発言に、問い返したのはレンであった。
「決定権……?」
「ええ、なんと言いますか、人の形をした者が全ての生命体を支配するみたいな響きで好きではないのですが、あまりいい言い方が思いつきませんでして……」
つまり、とレンは言って。
「ミリアさんは手を引いてください、と」
「そういう事です」
動揺を隠せない様子で、ミリアはクリスタル握りしめて言った。
「……あたしがこれをそのまま奪い去って、後でまた捕まえに来ないという保障は?」
ああ、とミデンは白虎を撫でながら答える。
「そのまま持ち去るような方でしたら、それをお渡しした時点で既に姿を消しておられたと思います。それに――」
白虎を撫でる彼の手が、はたりと止まった。
「貴女にはどうしようも無い理由があって、そしてちゃんと義理は守る方でしょうと、私自身は判断しました。そういう方を、私は応援したいと思っています。だから……資金にして下さい、貴女が、新しい貴女へと生まれ変わる為の」
掲げられた腕はいつの間にか下げられ、涙こそ流れないもののその瞳は揺れていた。
あまりに珍しい青髪と、何処までもついてくる「組織」という名の呪縛。それらから逃げることを肯定してくれる人は居なかった。ましてや、身を案じて救いの手をさしのべてくれる者など誰一人――。
「なんで、今日会ったばかりの人間にここまで……!」
だから、彼女は彼に問わずにはいられなかった。
息一つ乱さず、ミデンは返す。
「貴方がその白虎さんを守ろうとしていたのを見れば、貴方がいい人であるのは解ります。私は、いい人のお手伝いをするのが好きなものでして」
その「白虎さんを守ろうとしていた」様子を、レンは見ていない。だから、否定も肯定もしないような顔で、彼はミリアの顔を見つめていた。
何も言わずにミリアはミデンの目を見つめていたが、やがてクリスタルを落とし、顔を覆い隠して俯いた。
× × ×
東――ヘネシスの方角から、空は徐々に藍から蒼へと変わっていった。
「エリニアへ向かうのでしたら、山越えよりもヘネシスを経由した方がいいでしょう。マーケットはそちらの方が栄えておりますし、マーケットの入口でクリスタルを売るのも宜しいと思います。ただ、詐欺と転売師にはご注意を、相場は昨日言った通りです」
「本当、ありがとう……」
ミリアの麻袋は夜よりも若干膨れていて、けれどその重さが今は有り難い。
「太陽の出ている方向へとまっすぐに進んで行けば、冒険者用の道があった筈ですが……最悪、お渡ししたコンパスを見て東の方角を目指せば何とかなるかと思われます」
「……あの」
小さく、ミリアは言った。
「また、会えるかな……?」
そういう彼女は、昨日の強気な彼女とは別人のようで。
そんな彼女に、彼らは笑顔で答えた。
「ええ、きっと何時か会えますよ」
「ですね」
レンもミデンも、冒険者の必須品である通信機器を持ってはいない。だから完全な肯定は出来なかった。けれど、ミデンは言う。
「此処でお知り合いになれた事で、私たちは縁で繋がれました。縁は、人と人とを再び引き寄せます。ですから……」
「――ええ、また会いましょ」
彼女はやっと笑って、そして東へと歩き出した。一度振り向いて、もう一度手を振って、そして今度は駆け出した。
そんな彼女を見送って、二人と二匹もまた西へと向かう。
ほんの数分進んだ後。
「……本当は、彼女にももっと別の言葉を伝えるべきでした」
不意にミデンが小さく呟いた。
「どういう事だ?」
「幾ら人が「同一」を求めても、完全な「同一」なんて無いのですよ。レンさんの気分を害す覚悟で極端な例を言いますと、ミリアさんは自らの青髪を蔑んでいましたが、彼女はレンさんや私の持つ幾つかの問題を持ってはいません」
その言葉を、猪に揺られながらレンは黙って聞き続ける。
「私達の場合、それは特に目立つ「差異」ではありますが、人間である以上――私の場合は人間の形を取っているに過ぎませんが……それは個性でしかありません」
「……つまり、「差異」を認めよと」
「いえ、確かにそうとも言えますが……つまり、自分が「イレギュラー」だからと、全てを突き放してしまうのは、個人的にはいかがかと」
胸に両手を重ね、ミデンは言う。
「私は人ではない事で辛い目にも遭ってきましたし、性が二極では無いことで悪意無い問いによって傷ついた事もありました。……ですが、気付いたのです。それは、自分の創った幻によるものも含まれていることと、「差異」そのものではなく、「差異」を含めた「自分」というモノを愛する事が出来れば、偏見や流れの中で生きてゆけると」
「幻による傷……自分を愛する、ですか……」
確かに、とレンは言って。
「自分は、差別されるだろうという、そういう負のフィルターを通して世界を見ていたのかもしれません」
「負のフィルター自体はプラスに働いてさえくれれば問題は無く、むしろ自己を手助けしてくれる道具となりうるのですがね。……差別全てが幻ではないのですから」
――意識無意識関係なく、人がそのような感情を持つのは、仕方がないこと。そう、ミデンは伝えようとしていた。
誰一人口を開かず、さく、さくと地を進む音だけが異質な音としてその場所に存在した。
そんな中、最初に口を開いたのは、白虎であった。
「しかし……本当に、我も一緒に行って構わぬのか?」
「ええ、流石にずっとは無理ですが、貴方が身を守れるようになるまでは。だって、心配ですから」
前を見つめ、そうミデンは答える。
「有り難い限りだ……」
すると今度は、猪に乗ったレンが心配そうに言った。
「僕も、本当に暫くご一緒して構わないんですか?」
「まだ海賊のお話も聞いてませんし、食事も奢らせていただいておりませんし。確か、カニングにはヘネシス経由で来たと言っておりましたよね」
「ええ。本当、昨日着いたばかりですけどね」
「でしたら、折角ですから島を一周するまでは一緒に行きましょう。私、誰かと行動したりはしない主義なのですが……やはり海賊に関してつい興味が……」
「成る程。確かに、何だかんだであまり話は出来てませんしね」
レンは、何処か遠くを見つめて言う。
「……実践、してみようと思います。先ほどあなたが教えてくれた事」
「でも、あくまで私の経験則ですから、あまり過信はしすぎないでくださいね」
「ええ。でも、もし自分がまた全てを突き放そうとしたら、その時は叱って下さいね」
「行動を共にしている間でしたら」
その言葉に笑うレンの顔は、何処かすっきりとしたような表情であった。
やがて、冒険者用の大きな――と言っても獣道よりはいい程度ではあるが――道に差し掛かり、ミデンは足を止めた。
「……忘れていました」
「どうかしたのか?」
足下でそう問う白虎を抱きかかえ、そして言った。
「下手に噂になってるだけに、白虎さんを堂々と表に出したままカニングに行く訳にはいきません」
「あ……」
完全に忘れていた、という風に、レンは気の抜けた音を発す。
「どうしましょうか……」
「うーん……白虎さんさえ宜しければ麻袋の中に入っておいて頂きます?」
「我は構わぬが……」
そう言いつつ下ろしてくれと言わんばかりに足を振る白虎。それを察したのか手が疲れたのか、それは定かでは無いが、ミデンは一旦彼を下ろした。
「麻袋一応持ってますよー。……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
麻袋の口を広げ待機するレン。再びミデンは白虎を抱きかかえ、その麻袋の中へとゆっくり入れる。その麻袋に入った白虎を再び抱きかかえようとするも、ミデンは途中で手を止めた。
「……レンさん、白虎さんを猪さんに乗せておいて頂けます?」
「あ、はい、一応前に乗せていけば落下の心配も無いんでいいですけど……」
不思議そうにそう答えるレンに小さくお辞儀をして、彼は猪の背に固定していた竪琴を手に取った。
「折角ですので」
「……ああ、いいですねー」
竪琴を構え、ミデンは目を閉じる。
「では……昔、とある場所で聞いた曲を」
その白い指が、竪琴の上で踊り始めた。
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