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 嗚呼……畜生、何故こうなった!
 修練者用の白いローブを纏った女の子の手を引いて、僕はオルビスの街を全速力で駆けていた。そして僕らを追いかけてくるのは、「いかにも」なオーラを漂わせた三人の男達。
 僕の職が海賊系統であったのは、不幸中の幸いだった。男達は服装やスキルから見て、恐らく、盗賊。「ダッシュ」のスキルが無ければ、あっという間に捕まっていただろう。
 だが、手を引いている彼女のレベルは二桁にも満たない。果たして、何処まで走れるか。
 そもそも、元はと言えば彼女の、言わば「藪蛇行為」のせいで追われているのだ。悪態の一つでも発したくなるが、今はそんな場合じゃない。
 女の子の息が荒くなってきた事に、僕は気付いた。限界か……そう悟りかけた時、パチンと火花が散る様な音が聞こえた。予想は付いたが、ほぼ反射的に振り向いた。
 其処にいたのは、黄色い火の玉の様な、小さな生命体――雷の精霊、ライトニング。僕の「相棒」だった。
 恐らく見慣れていないであろうその精霊に怯んだのか、詰められた距離がまた空いた。
「サンキュ、ライトニング!」
 そう叫びながら、僕は走り続けた。
 誰でもいい……せめて、はぐれた「仲間」の一人にでも遭遇できれば……!
 路地に逃げ込むより、人混みに紛れ込む事を僕は選んだ。だが、いつの間にか中心街から出てしまったのか、人もまばら。少ないという訳ではないのだが、紛れ込めるほど多くもない。
 流石に、ちょっとだけ泣きたくなった。女の子の手前、泣くことは出来ないが。
 「あっ」と、握りしめた手が離れた。ついに足が限界を迎えたのか、彼女が転んだ。
「お、おい!」
 大丈夫か、と慌てて僕は手を差し出した。だが、返ってくるのは荒い息づかいだけ。無理もない。けど、「少し休もうか」などと言える状況でもない。
 何処か隠れる所は、と必死で辺りを見回している僕の隣に、追っ手とも仲間とも違う、見知らぬ誰かがやってきた。
 ――左の眼を髑髏のバンダナで隠した、性別不詳の一人の人間。身に纏う黒いロングコートと白いシャツ、黒い腰巻き……これは確か、海賊の衣装。そして、その上には、白いマントを纏っている。
 だが、その何よりも印象的だったのは、鋭さと優しさを内包した、真っ黒な右の眼だった。
「どうかしましたか?」
 しゃがみ込み、僕の顔をのぞき込んでその人は言った。その声もまた中性的ではあったけれど、強いて言えば女性の声質に近い、気もした。確証は、持てなかった。
 「彼」の問いに、正直僕は困ってしまった。追われている理由が、あまりにも馬鹿馬鹿しかったからだ。
 ちょっと……と言いかけて、僕は口を閉ざした。「リーダー」と呟く少年らしき声が耳に入ったのだ。
 その人の同伴者だろうか、その背後にもう一人、お揃いのバンダナで同じように左眼を隠した、黒髪の少年が立っていることにやっと気付いた。その少年の視線の先――僕らの走ってきた方向を見遣ると、手裏剣の如く飛んでくるライトニングと、そして追っ手達が向かってきていた。
 ははーん、とその人は微かに笑って、立ち上がった。僕の耳元へと飛び込んできたライトニングと入れ替わるように、その人は追っ手達を見据え、僕らを守る様に右腕を横へと突き出した。武具の金の装飾が、沈みかけた日の光を反射して、きらりと光った。
 そして、タックルせんと言わんばかりにやってきた追っ手達に、僕らに言ったのと同じようにその人は言った。
「どうかしましたか?」
 僕の位置からは、その右眼は見えない。だが、その右眼に見据えられたであろう男達は、足を止めた。その内の一人が苛々とした口調で言う。
「あぁ? 何だ、てめぇ」
「子供二人を追いかけるなんて、一体どういう事情があるんだろう、と思って」
「貴様には関係無いだろう! それとも何だ、こいつらの保護者か?」
「いえ、まぁ偶々居合わせた通行人ですけども」
 左頬に傷を付けた男が、突っかかる男に対し、諫めるように手を向けた。どうやら、リーダー格であるらしい。
「あんちゃん、下手に首を突っ込むと怪我するぜ? 俺たちゃ、その餓鬼のせいで面子が丸つぶれなのさ。ぶん殴ってやらにゃ気がすまねぇ」
 薄ら笑いの奥に静かな怒りが見えて、僕は悪寒が走る感覚を覚えた。
 けれど、海賊のその人は。
「……暴れたい、という事なら、代わりにお相手しましょうか?」
「にゃろう、なめやがって!」
 そう言って、諫められた男はナイフを抜き、斬り掛かった。
 だが、その場に響いたのは、キンッと鋭い金属音。左手の武具で、その人はナイフを完全に受けきっていた。
「……さ、少し離れましょう」
 その人の連れらしき少年が、小声で僕に耳打ちした。
「解った。……エール、静かにしていろよ」
 女の子の名を呼び、僕らは二人がかりで彼女の体を支え、道の端へと避難した。
「けど……一対三なんて大丈夫、なのか?」
 口元から僅かながらも笑みさえ零すその人を見て、不安げに僕は少年に問いかけた。
「まぁ、多分大丈夫でしょう。最悪、逃げればいいですしね」
「またそんな……」
「それよりも僕は、あなた方の事の方が心配ではありますが」
 は? と思わず言葉が漏れる。
「それは、どういう意味で……?」
「……まあ、それに関しては後でじっくりとお話を聞くことにしましょう」
 ため息を一つ吐いて、少年はそう言い放った。


−−−−−−−−−−


 一対三の乱闘は、驚くほど鮮やかに終わった。
 装備、スキルから見て、彼らは恐らくマスターシーフ。つまり、三次。二次の僕からしてみれば、到底敵わない相手。
 だが、その人はその更に上をいっていた。大きな技ではなく小回りの利く技で三人を翻弄し、瞬く間にダウンへと追いやった。
 いつの間にか集まった野次馬達から、拍手が湧いた。僕とエールはというと、ぽかんとただ馬鹿みたいに口を開けて、その光景を見つめる事しか出来なかった。
 思わず、独り言の様に僕は呟いた。
「確実に負けないと踏んだから、喧嘩を買った……?」
「いや、多分そこまでは考えていないと思いますが……」
 半ば呆れ顔で、少年は答えてくれた。
 野次馬の中から、いかにもレベルの高そうな衣装を纏った魔法使いの女性が、勝者であるその人の方へと近づいた。その女性と一言二言、何か会話を交わしたか思うと、そのまま彼らに背を向け、「彼」は僕らの方へと歩いてきた。
「大丈夫か?」
 けろっとした表情で、むしろこちらが言いたい位の言葉をその人は言い放った。
 答えたのは、エール。
「う、うん……でもびっくりした、凄く強くて!」
 ありがとう、と少し笑った後、その人は真顔でこう言った。
「……で、もしよければ追われてた理由を聞いてみたい、なんて」
 僕とエールは顔を見合わせ……ようと僕は思ったのだが、エールは彼を据えたまま、怒り口調で言った。
「あいつらさ、一人によってたかって金を出せ物を寄越せって……! そんなの許せないでしょっ?」
 なるほど、とその人は頷いた。それとは対照的に溜息をついて、僕は言った。
「でも、相手を見極めねぇとダメだろ? その傘だけでどうするって言うんだよ」
 僕は、彼女の持っている傘を指さした。空の様に青い傘、彼女が旅立つ時に持たされた「武器」。渡し主である彼女の姉は、恐らくこういった事態になる事を予想して、あえて、真っ当な武器とは言い難い得物を渡したのだろう。
「だからって見て見ぬふりをしろっていうのっ?」
「そうは言ってもさ……ほら、自治ギルドに通報に行くとか、もっと、こう」
 エールの怒りはまだ収まらないらしい。矛先が自分へと向けられたのが、何となく解った。
「その間に事が終わっていたらどうするのっ、うちらはシグナス――」
「エール!」
 殆ど反射的に、僕はエールを怒鳴りつけた。彼女の怯えた顔が何だか申し訳なく思えたけれど、こればかりは仕方がないのだ。
 そんな僕らを見かねたのか、海賊の彼が苦笑して言った。
「まあまあ、喧嘩はその辺で、な」
 そう言ってその人はしゃがみ込んで、エールの右肩と、そして僕の左肩をぽんと叩いた。
 ――と、同時に、辺りを包んだのは、目を潰さんと言わんばかりの青白い光。
 夕日の光よりも、ライトニングの輝きよりも強いそれに驚いて、思わず僕は、目を閉じた。
 そうしている内に、その人の手が僕の肩を離れた、と思えば、すぅっと光が引いてゆく。
「今、のは……」
 最初に呟いたのは、少年だった。
 ……心当たりが無い訳ではなかった、が、到底信じられる筈も無かった。
 そう、そんなまさか、この様な偶然が……!
「今のが……祝、福……?」
 僕の考えた可能性を、エールが口にした。
 祝福? と不思議そうな顔で呟く二人を見て見ぬふりして、僕は言った。
「エール、それも……」
「でもっ!」
 勢いよく、彼女は立ち上がる。
「もしそうだったら、凄い出会いだよっ? みんなにも聞いてもらわなくちゃ!」
 「みんな」という言葉に反応したのか、僕がエールの言葉に返事を返すよりも早く、海賊の彼は口を開いた。
「そう言えば、君達の素性を聞いていなかった。冒険者集団か何かかい?」
 返し辛いと言えば返し辛いが、他の事柄に比べれば、イエスかノーで答えられる分、まだ答えやすい。
「ええ、オルビスへは僕らを含めて七人で来たんですけど、はぐれてしまって」
 エールにまた余計なことを言われまいと、僕は急いで答えた。
 年上の人――彼が、仲間の誰よりも年上に見えたから――に対する口調と、そうではない人に対しての口調とのギャップに対してか、少年が怪訝そうな顔をするのが解った。けれど、こればかりは癖だ。仕方がない。
「また随分と大所帯だね」
「そちらは二人旅で?」
「二人旅……というか、この子の二次転職の為に地方から出てきただけなんだがな。普段は、ニハル方面で暮らしている」
 そう言って、彼は少年の頭にぽんと手を置いた。
 ほー、と言いつつ、正直二次転職の付き添い、と言う事が引っかかった。少年は十六歳である僕と同い年程度に見えるし、素行にも何ら問題がある様にも見えない。仮に戦闘力に問題があるとしても、それはまた別の問題だ。
 だが、嘘をついている様にも見えないし、何より――先ほどの「可能性」の問題なのか、それとも助けてくれたからなのか、それは定かではないけれど――この人を信じたいと僕自身が思っていた。
 僕の思考を知ってか知らずか、彼は言った。
「そう言えば、名前もまだだったな。自分のことは、レン、と呼んでくれ」
 どことなく、僕の名と響きが似ていると思った。けれど、その名が本名という保障はない。
 だが、それはお互い様だ。
 「エールって呼んで。よろしく!」という彼女の自己紹介に続けて、僕も言った。
「ハク、と呼んで下さい」
 そう言って、僕は手を差し出した。もう一度、「光」を確かめたかったからだ。
 その人――レンさんもまた一瞬躊躇する素振りを見せたけれど、その手に答えて握ってくれた。
 繋いだ手を包むように、光が、だが先ほどとは違って優しげに、そして穏やかに生まれた。
 ああやっぱり、と僕はその光の心地よさを味わいながら、心の中で呟いた。認めるのは複雑な気分だが、恐らく、十中八九――。
 ……それを無言で見つめていた少年に、レンさんが「ほら、君も」と促した。
「……ヴェレ、と申します」
 渋々、という風に、彼は言った。
「君達、さ……」
「うん?」
 開きかけた口をレンさんは閉ざし、言葉を飲み込んだ。そして、少し俯いたかと思うと、笑って彼は言った。
「君達、宿が決まっているなら送っていこうか。その方が、もしまたトラブルに巻き込まれたとしても安心だろう?」
 何処か、不自然な笑いである気もした。だが、エールはと言うと、そんな事には構いもしない。
「ホントっ? ね、そうだったら、みんなにも会ってみてよ!」
「エール、あまりそういう事は……」
 不自然な笑いも引っかかったけれど、何より僕らは「普通の冒険者」とは違っていた。だから、僕はエールを諫めようとしたけれど。
「えー、何で? いいじゃない!」
 その一言で、突っぱねられてしまった。
 彼女の事だ、これ以上否定したところで、その具体的な理由を問い返すだろう。そう言う子だと「聞いて」はいるし、実際、短い間ながらも一緒に行動してよく解った。
 ――ええい、どうにでもなれ。いざとなれば「責任転換」してやる!
 半ばやけになって、僕は渋々と言った。
「解りました……これが、地図です」
 服の内ポケットから取り出したタウンマップを、レンさんへと手渡す。おおよそ予想していた通り、地図を開いたレンさんの表情が、曇った。
 ――オルビスは表向き人間と妖精が共存している街だとされている。だが、実際のところはというと、生活空間は中心街を除き、ほぼ完全に分断されていると言っても過言ではない。
 そして、僕らの宿というのは、言わば妖精の区域に立地している。つまり、妖精族やそれに準する者達の利用する宿なのだ。
「君達は――」
「妖精族、では無いけど、でも……これ以上は僕の口からは言えません」
 レンさんの言葉を遮る様に、僕は言った。これ以上の権限は僕には無い、と自分で自分に言い訳して。
 そうか……と少し黙った後、レンさんは勢いよく立ち上がり、そして優しく凛々しいあの顔で言った。
「じゃあ、行こうか! ……ヴェレも、構わないか?」
「元々、決定権は僕には無いじゃないですか」
 そう言いつつ、ヴェレさんはふっと顔を緩ませた。
「わーい! きっとみんな、レンさんやヴェレさんの事、気に入るよ!」
 そうエールがはしゃいでいる側で、レンさんがヴェレさんに何か耳打ちしている事に気付いたけれど、聞き取る事は出来なかった。


−−−−−−−−−−


 まず、「僕ら」の素性をについて、説明しなければいけない。
 漂う島エレヴ――お伽噺として有名なこの島には、この世界を見守る女王と、彼女と世界を護る騎士達が住んでいる。
 エレヴの騎士達の職業は、根源こそ同じであれど「外の世界」の人々の職業とは少し違っていて、エレヴに住む精霊――僕の場合、ライトニングがそう――とそれぞれ契約を交わす事で、その力を借り、術を使う。
 剣と光を振るうソウルマスターと、弓と風を操るウインドシューター、炎の魔術を扱うフレイムウィザードに、手裏剣と闇を武器とするナイトウォーカーや、拳と雷を力とするストライカー、そして、それらに至る迄の修行の身であるノーブレス。これらが、僕らが就く「騎士団」と呼ばれる職業だ。
 そして、僕はストライカーで、エールはノーブレス。だが、これらを公にする訳にはいかない。
 さっきの通り、騎士団の主な仕事は、女王や世界を護る事。元々の任務に加え、エレヴの存在自体がお伽噺になっている以上、素性をばらしてしまうと動き辛い。だから、僕はあの時エールを怒鳴りつけたり、否定的な事を言った訳だ。
 ――第七隊ファミリー。僕らの他には、ソウルマスターに就いたリーダーを筆頭に、ウインドシューター、フレイムウィザード、ナイトウォーカー、ストライカーがそれぞれ一人ずつ在籍する隊だ。最も、少々前から単独任務に就いていて、任務完了報告の為にエレヴに戻った時に再開、再び行動を共にしている訳なのだが。
 第七隊の任務は、言わばパトロールの様な任務で、比較的――エレヴ護衛の方が更に上を行くのだが――危険は少ない。だが、プレイヤーキラーや犯罪ギルドと衝突することも無いとは言い切れない。其処に、ノーブレスであるエールの加入が決定したのは、ほんの数日前の話だ。
 「彼女は幼く、驚くほど無知です。ですが、そこには無限の可能性が秘められています」と、言ったのは女王の宰相であるナインハート様だ。言わば、「社会見学」の為の同行だという。
 そう、昔の僕のように――。


−−−−−−−−−−


 ビクトリア便の船が故障したらしい、とレンさんが言った。
「珍しいですね」
 そう言って、僕は相槌を打った。
 ライトニングは、今は僕の周りには居ない。僕の「マナ」に溶け込んで、身を隠している。
「まぁ、オルビス、ビクトリア間にはクリバルの巣があるからな。あっちこっち、がたが来ていたのかもしれない。修理には二、三日かかるそうだ」
 飄々としたレンさんとは対照的に、ヴェレさんが溜息ををついた。
「そんな楽観視している場合ですか……仕事、山積みではないですか」
「ま、いいじゃないか。そもそも、今回の旅も仕事の内だしな。此処に留まる間は、休暇だと思ってのんびりするさ」
 そう言ってレンさんは笑った後、僕らに問うた。
「君達は、暫くオルビスに滞在するのか?」
「ええ、何日かオルビスを観光する予定です。僕らは何度か来たことがあるけど、エールは初めてですから」
 殆ど、嘘は言っていない。娯楽かと言えば嘘になるけれど。
 成る程なぁ、とレンさんはにやりと笑った。にやりと言っても嫌らしい笑い方ではなく、何か面白い事を思いついたような、そんな笑い方。
 ……何となく、僕の知っている人に似ている気がした。
 そんな事を僕が考えている側で、レンさんはヴェレさんの肩を抱いて言った。
「この子もオルビスは、殆ど初めてなんだよな」
「……ステーションには来たことがありますがね」
 むすっとした表情でそう呟くヴェレさん。
 そんな様子など気にする事無く、エールが目を輝かせて言葉を発する。
「わー、一緒だね!」
「まぁ、そう言う意味では一緒ですが……」
「……という訳だから、もし君達がよければ一緒に観光でも、と思ったのだが、どうだろう?」
 嗚呼、この人は解って言っている。何となく、そんな気がした。
 決断を求められる状況は苦手だった。例え、極最近まで単独行動をしていたとしても。
「……リーダーに相談してみます」
 多分、あの人なら二つ返事で了承するだろうけど。けれど、僕には確約することは出来なかった。甘えなのかも知れない、未だ、「仲間」の中では立場が低い事に対する。
 レンさんも「そうか」と呟いて、右手の地図に視線を落とした。
 そして、彼がそこから目を離すより前に。
「おい、お前ら!」
 僕らを呼ぶ聞き慣れた声が、背後から耳へと飛び込んできた。怒りだか、苛立ちだか、そんな感情が剥き出しになったその声には、僕はもう慣れたものだが、レンさんとヴェレさんは怪訝そうな顔で、僕らと一緒に振り向いた。
 まばらな人の流れを縫うように、眼鏡をかけた一人の青年が、僕らへと駆け寄ってくる。
 僕やエールと同じ白い肌で、白いピエルタに青い弓、人間には珍しい紫紺の髪を持つその青年こそ、僕らの仲間の一人――ウインドシューターのハースだった。
「今まで何処に行っていたっ! 探したんだぞ……!」
「ごめんなさい……」
「ごめん……」
 しゅんとなるエールと、申し訳ないと言うより先に、ハースの勢いに押されてほぼ反射的に謝ってしまう僕。
「くそう、だから俺は反対だったんだ……! 一日、保ちやしない」
「ま、まぁ……そこまで言っちゃ可哀想な気が……」
 苛々を露わにする彼に、勇気を振り絞って僕は宥めに入った。こういった事は、普段は別の仲間の役割なのだが、居ないものは仕方がない。
 元々「リーダー」の、お守り役というか、突っ込み役というか、とにかくそんな貧乏籤を引く彼は、元々エールの加入には反対の意を示していた。彼の尊敬するナインハート様の令であったからこそ渋々同意はしていたが、出発前は普段以上にピリピリしたオーラを放っていた。……まあ、僕もエールと二人きりになった後は、少しハースの気持ちを理解してしまったが。
 宥めに入った僕に更に苛立ちをぶつけようとする彼に、穏やかに声をかけてくれたのはレンさんだった。
「仲間の方ですか?」
 僕らに対する口調とは違った、丁寧口調。けれど、それが何となく不自然に思えた。
 やっと気付いたように、ハースは言葉を切り、そしてまた口を開いた。
「あ、ああ……そうだが。……ハク、この人は?」
「ええっと……ちょっとごたごたに巻き込まれたときに助けてくれて――」
「ごたごた、だとっ? お前らは本当、何をやっているんだ……!」
 あまりエールのせいにするのも可哀想か、と思って「ごたごた」の一言で済ませようとしたのだが、これが逆にいけなかったらしい。
「まあまあ、落ち着いてください」
 そう、レンさんが宥めに入ってくれる。
「とある地方でギルドマスターをやっている、レンと言います。この子は、同じギルドのヴェレ」
 地図を左手に持ち替えて、レンさんはハースに右手を差し出した。その手を少し見つめて、ハースもまた、弓を持ち替えその手を握る。
「……ハース、だ。こいつらと共に旅をしている」
 そう言いつつも、彼はきょろきょろと何かを探していた。そして、ある一点を見据えて。
「クリン!」
 それもまた、僕らの仲間の一人の名だった。ハースの視線をたぐると、確かに彼女の姿があった。
 金の刺繍の入った赤と黒の海賊衣装を纏ったその人は、ウルフカットの茶髪を靡かせ僕らに駆け寄る。
「見つかったっ?」
 ハースとは違い、クリンは素直に喜ぶ様な素振りを見せてくれた。……最も、ハースの殺気だったオーラと、それに伴う重苦しい空気を感じ取ってくれたからかもしれないが。「ああ、よかった! ……この方々は?」
 その問いに応えたのは、レンさんでもヴェレさんでもなく、今まで押し黙っていたエールだった。
「うちらを助けてくれた人たちだよ、それが凄く強いんだ!」
 へぇ、と彼女は頷いて、そしてレンさんとヴェレさんの方へと向き直した。
「私はクリン。二人が世話になった様だね、ありがとう」
「レン、と言います。この子はヴェレ。普段は他の地方でギルドマスターやってます」
「他の地方、か」
「ねーねー」
 そう言って、二人の会話にエールが割り込んだ。
「どうした、エール」
 隣で眉間に皺を寄せているハースなど居ないかのように、にこやかにクリンは問い返した。……おおよそ、彼女にしか出来ない芸当だ。
「もしかしたらレンさんね、ハクと――」
「待て、エール」
 僕は左手で彼女を制した。
 下手に口に出すより、多分、直に見てもらった方が判断が付きやすいだろう。
 僕はまたレンさんに手を差し出して、言った。
「もう一度、手を繋いでみてくれませんか?」
「ああ、構わないが」
 そう言って、彼はすっと僕の手を握ってくれた。
 ……その繋いだ手を包むように、再び穏やかな輝きが生まれた。自己紹介をした時と、全く同じように。
 それを見たハースとクリンが、顔を見合わせた。ほぼ予想した通りの反応。僕は手を離して、一言、言った。
「どう、思う?」
 クリンに向けて、とハースが瞬きがちに目配せをしたのが解った。
 少し唸って、クリンは小さく頷く。そして、レンさんの顔を見据えて言った。
「もしよければ、茶でも飲みながら少し話がしたい。構わないだろうか?」
「ええ、是非」
 レンさんがまた、にやりと笑った。まるで子供のような、そんな笑み。少なくとも、僕の眼にはそう映った。
「ええっと、じゃあ……「あの二人」はアレだろうけど……もう一人、呼びたい。ハク、地図は持っているかい?」
「あ、今はレンさんが」
「……あいつも、呼ぶのか……?」
 げんなりとしたような口ぶりで、ハースが割り込んだ。
「そりゃあ、一応はリーダーなんだから」
 レンさんから地図を受け取りながら、微笑とも苦笑とも取れる笑みでクリンは言葉を返した。
 ハースの溜息を聞き流しつつ、クリンは地図を開いて指で道筋を辿る。
「ええっと、ここの角を曲がって……こっちの角をこう曲がった先に喫茶店があるんだ。殆ど妖精専用の様な店だけど、まあ、ハクがいれば大丈夫だろう」
 そう言って、ちらりと僕の方をクリンは見た。僕に課せられた役目は、大体のところは予想が付いている。僕は小さく頷いて見せた。
「居心地はよくないかもしれないが、勘弁して欲しい。……「この件」は、あまり、公にする訳にもいかなくて」
「解りました、そういう事なら」
 クリンはレンさんに地図を返して、そしてもう一度頷いた。
「では、また後ほど」
「喫茶でな」
 そう言って、二人は僕らが来た道へと去ってゆく。
 嗚呼、と僕は、走り去る二人――厳密にはクリンの背中を見つめて思った。
 ――思っていた程には、レンさんとクリンは似ていないかもしれない、と。





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2009.11.3up


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