◆ Line - 5
「……で、結局皆さん総出なのですか……」
石像前に集まった「僕ら」を見て、ヴェレさんが苦笑する。
僕が事情を説明した結果、男部屋に居たテンドーとハースは一緒に来る事になったのだけれど、何故かそれとは別に、女性陣まで勢揃いしている。
まあ……正直なところ、皆、暇なんだろう。
ぼそぼそとハースとクリンが話している事に、ふと気付いた。
「……際どいところだな。職の性質と、レベルを考慮すると……」
「まあね。けど――型にもよるけれど、カウダの方が不利だと思う」
「ああ……だな」
そこに、エールが疑問をぶつけた。
「何で? 確かにレンさんは凄く強いけど、でも、カウダだって強いんでしょ?」
眉間の皺を更に深くして、ハースが言った。
「よく考えろ。ナイトウォーカーは遠距離職、バイパーはストライカーと同じ系列だから近・中距離職だ」
「えー、それじゃあ、むしろカウダの方が有利なんじゃないの?」
「折角説明してやっているんだから、最後まで黙って聞け! ストライカーやバイパー系列は戦士とよく似ているが、それなりの機動性がある!」
「むしろ、同じ得物を使う海賊でも、ダメージに特化したスキルを使うストライカーよりも、揺動戦法に長けたバイパーの方が、遠距離職にとっちゃ厄介だと思うよ」
特に、とクリンは付け足して。
「トランス特化ならまだしも、エネルギー特化だとドレインが厄介だ」
「ドレイン?」
エールの問い返しを聞いて、クリンは何やら自らの両の手の平を見つめだした。
だが。
「実践しようかと思ったけれど……今はエネルギーが溜まっていないから、無理だった」
「実践なんて考えるんじゃねぇ……!」「実践なんて考えないでください!」
見事に、僕とハースの声がハモる。
「そもそも、誰に技を使うつもりだったんですか……」
「いや、そこまでは」
「もー……」
溜息を吐く僕の側で、ハースもまた頭を抱えていた。
そんな事はお構いなしに、平然とクリンはエールに説明する。
「まあ、少し離れた相手の力を吸収する中距離技、かな」
「へー」
「どちらかというと魔法に近い技だから、多少距離が空いたぐらいじゃあ、対象をしっかり狙わなければいけない手裏剣の方が、不利な訳」
「成る程ー」
クリンの話を頷きながら聞くエールの側で、ふと僕は気になった。
「……カウダは、それを解って――」
「ええ、多分、ね」
「ねえ、ヴェレさんー、ヴェレさんは知っているんでしょ? レンさんのスキル傾向とか」
エールの問いに、ヴェレさんは苦々しい顔を返す。
「あの人は――いや、僕からは、何とも」
「……まあ、見ていれば解るだろう!」
元気よくそう言ったのは、今まで会話に参加していなかったテンドーだった。
「そうだね、外野がとやかく言ってもどうしようもない」
「でも……何故突然、手合わせなんて言いだしたんでしょうねー」
そう口を挟んだのも、ずっと無言だったヒイノ。
「カウダはよくても、あちらは明日の便で立つんでしょう? 配慮というものが出来ないのでしょうか」
「確かに、何でだろうな」
そう言って腕を組むテンドー。それを見て、クリンが言った。
「ああ」
何故か堂々と、そしてにやにやと笑って。
「それは、私がけしかけた」
しん、と一瞬で場が静かになる。そして。
「何だとっ?」
「えぇっ」
テンドーや僕、他にも皆が驚いている中、頭を再び抱えた人物が居ることに、僕は気付いた。
「はぁ……やっぱり、お前か……!」
その声の主であるハースに、クリンは苦々しく笑って言った。
「彼の事。こうでもしておかないと、ね」
「あいつか不利だとしても、か」
「今回の場合、勝ち負けは一番の問題ではないから」
「……成る程、な」
まるで、共通の認識があるような二人の会話。
僕が問うよりも早く、エールが口を開いた。
「ね、どういうこと?」
「さあ、ね」
小さく笑って、そしてクリンは僕の方を向いて、言った。
「ハク、……よく見ておくといい」
それが何を意味するのか、僕には今一解らないけれど。
「……はい」
僕は、しっかりと頷いた。
僕らの目前には、向かい合うカウダとレンさん。
カウダが、口を開いた。
「そろそろ……始めようか」
「……ああ、解った」
二人の手には篭手と武具がはめられていた。それぞれの武器に施された金の装飾が、月光を反射してきらりと光る。
互いに、それ自体には殺傷力がさほど無い得物。
言葉は交わしたけれど、互いにぴくりとも動かなかった。緊張感が、見ているこちらにまで伝わってくる。互いに、動くタイミングを見計らっているのだ。
ふっと、辺りが更に暗くなった。月が薄雲に隠れたのだと僕が気付いたのと、カウダが動いたのはほぼ同時だった。動いたと言うより、傍観者である僕らから言えば、見えなくなったと言った方が正しいかもしれない。
カウダを含め、今は誰も精霊を召喚していない――最も、ナイトウォーカーを守護するダークネスは、光源とはなり得ない存在ではあるが。故に、光源は月だけだった。それが少しずつ隠れゆく今、辺りが真っ暗闇になるのも時間の問題だった。
僅かながら見えるレンさんの影は、相変わらず大きな動きを見せない。カウダの姿が見えない間に、補助スキルであるブースターを発動させたぐらいだ。
不意に、風を切る音が聞こえた。それに遅れて見えたのは、三本の手裏剣。そして、そのうちの一つが何かに当たった様な金属音。数秒経って、その音が、レンさんが武具で手裏剣を弾いた音だと僕は気付いた。
僕らは勿論、あのエールさえも言葉を発しない。それだけの緊張感。
突然、レンさんは向きを変えずに後退した。
「バックエルボー――インファイターのスキルか……」
小さく、ハースが呟いた。
「エネルギー型、かな。自身は無いけれど」
ハースに続いて、クリンも口を開く。
ヴェレさんは、ずっと黙ったまま。
いつの間にか、辺りは完全に闇に包まれていた。その空間で、手裏剣が風を切る音と、地を蹴り上げる音、そして時折鈍い音が響き渡っていた。
唯、互いに決定打を与えられていない事だけは、解る。
「……どうした!」
カウダの声が、暗闇に響く。彼が滅多に発することがない、とても強い声。
「何故……四次スキルはおろか、三次スキルさえも使わないっ」
「手加減をしているつもりはない!」
「……そう、あの方は――」
――トランス特化の素質を持った、中途半端なエネルギー型。
憂いの表情で、ヴェレさんは小さく呟いた。
−−−−−−−−−−
膠着状態が続いていたけれど、決着は一瞬だった様だ。
突然の、激しい攻防を思わせる大きな音。その後月が再び顔を出したと同時に、目の前に広がっていた光景に、僕は思わず息を呑んだ。
「……私の、負けだ」
ぼろぼろだったのは、むしろレンさんの方だった。所々、血さえも滲んでいる。
けれど、いつの間にか左手の武具は投げ捨てられていて、その素の状態の左手は、うつぶせのカウダの両腕を、その背の上でがっしりと取り押さえていた。
どうも、とレンさんはカウダの腕を解放する。
「……何が、どうなったの……?」
エールの問いに、カウダは立ち上がってバツの悪そうな顔を返す。代わりに、という風にレンさんが口を開いた。
「ウェブを喰らった時、一瞬、気が緩みが見えたんだ。そこにパンチで突撃して、な」
最も、と彼は言って。
「こっちは最初から受けにまわってしまったから、かなりダメージは入ってしまったが……」
苦笑するレンさんに、ヴェレさんは苦々しい表情を向ける。
「全く、服もそんなにぼろぼろにして……また、皆さんに小言を言われますよ」
その小言を言う相手というのは、多分ギルドの人達なんだろうな、と勝手に僕は予想する。
「はは、そこはヴェレからも頼むよ、な」
「お断りします! それ位は自分で言い訳してくださいよ、全くもう」
「それにしても……」
そう口を開いたのは、テンドーだった。
「あんな程度で降参するなんて、カウダらしくないな。」
「思っていた以上に、隙が無かった……あのまま続けても、私の体力が先に無くなっただろう……」
「成る程な。でも、そもそも、何でダークネスを召喚しなかったんだ?」
「……それでは、意味が無いからだ」
テンドーが疑問の表情を浮かべている傍らで、今度はハースが、レンさんに問いかける。
「何故、四次スキルはおろか、トランスすら使わなかった……? あるんだろう、素質があるということは」
ああ、と答えるレンさんの目は、心なしか複雑な色をしている気がした。
「ヴェレから聞いたのか。……その通りだ。使わなかった理由は簡単、使いたくなかったからだ」
「……は?」
「心身共に疲れるんだ、トランスは。四次スキルも、まだ使い慣れていないから躊躇してな」
「……まあ、あまり色々とは聞かないでおこう、ハース」
やり取りを聞いていたクリンが、口を挟んだ。
その言葉は多分、ハースに対する牽制。
「……仕方ねぇな、解った」
予想通りと言うべきか、不満そうな表情を浮かべつつも、ハースは引き下がった。
「ハク君」
突然、レンさんが僕に耳打ちをしてきた。
「は、はい……?」
「部屋で言っていた件は、明日、出発前にもう一度聞こう。明日の出発前になっても君が望むなら、自分たちは歓迎する」
僕には唯、無言で頷くことしか出来なかった。
−−−−−−−−−−
布団に入り、唯ぼんやりと天井を見つめていた。一度出た結論を、再び吟味する様に。
クリンにヒントをもらった時に出た答えは、果たして本当の答えだったのだろうか。
時間が欲しかった。けれど、また職務に戻ってしまえば、容易に離脱など出来なくなる。
ぐるぐると、思考かループしていた。嗚呼、こんなに僕は優柔不断だっただろうか。何時間か前と同じ事を、僕は思わず考えた。
だが、ふと閉じた瞼の裏の、其処に広がる世界に堕ちるように。
少しずつ、少しずつ、思考も減速していき――。
『ハク、ハクってば!』
……耳元で、僕を呼ぶ声が聞こえた。
「うん……ライトニング……?」
『もう、じゅうじまえだよ! はやくおきないとっ』
「十、時前……?」
うっすらと目を開けて、僕は窓の上の掛け時計を見た。
示された時間は、九時五十三分。
「なっ!」
レンさん達の乗る船は、十時半に出航――。
「やっべぇ、寝坊したっ……!」
出来る限りの早さで着替えて、鞄一つ持って僕は部屋を飛び出す。
その先のロビーには、もう僕以外の皆――そう、朝に弱い「彼」も含めて、揃っていた。
「お、はようございます」
「何で、こんな日に寝坊する……!」
つい辿々しくなってしまった挨拶に、ハースの言葉が飛んでくる。
「レンさんとヴェレさんはもう出発したよー!」
眉を潜めて、エールが言った。
一瞬、自分の心臓の鼓動が、鮮明に聞こえた気がした。
それと同時に、嗚呼やっぱり――、という無音の言葉が、僕の頭の中で反響する。
すみません、と半分反射的にハースに言葉を返して、僕は彼の近くの人物へと目を向ける。
「カウダ……」
表情の変化が薄い彼だけど、その顔には僅かに不機嫌そうな色が乗っている。それは、今が睡眠時間である筈の朝だからか、それとも――。
無言で、何か言いたげな顔をする彼を見かねてか、クリンが言った。
「ほら、自分で言わないと」
それでもカウダは黙っていたけど、やがて、彼は僕の方へと歩いてきた。
「……やはり、行くのか……?」
カウダは、僕の出した答えを求めていた。
昨夜、ずっと廻り続けていた思考は――。
「……はい。今が、契機だと思って」
――最終的には、やはり同じ場所へとたどり着いた。
エレヴの騎士になると決めた時も、そうだった。随分悩んで、最終的には直感を信じて。それを、今の僕は後悔していない。
ならもう一度、僕は僕を信じてみようと思ったのだ。
僕の出した答えに、カウダは小さく「そうか……」と言った。
「一つ、聞いてもいいですか?」
無言で、カウダは頷く。
一度息を吐いて、そして僕は聞いた。
「何故、昨日、突然あんな事を」
「それは……」
「ま、いいじゃねぇか」
何処かガチガチに固まったこの空気を、テンドーが笑顔で一掃する。
僕とカウダの肩を叩いて、彼は言った。
「ハク、カウダ。俺達は、第七隊という一つのファミリーだ。物理的な距離がどれだけ空こうと、その事実は変わらない!」
「逆に言うと、問題児集団の一員であるという事実は変わらない、という事、だね」
「否定は出来ないが、今そういう事を言うんじゃねーよ……」
クリンが言った言葉に、ハースがげんなりとした表情で突っ込みを入れる。
それに便乗するように、ヒイノも口を開いた。
「そもそも、テンドーがカウダを励ますなんて、何か違う気がしますー」
「……ヒイノになんか同意したくねーが、同感だ。違和感がありすぎる……」
「ハースもヒイノも、そんな事言わないでくれよ!」
口ではそう言いつつも、テンドーの顔は笑っている。
それにつられて、僅か、本当僅かに、カウダも笑っている様に見えた。
――昔、第七隊の誰かが、彼の事を「ライオンの皮を被った子犬」と例えた事があった。その意味が僕にはずっと解らなかったけれど、今日、初めてその意味が解った気がした。
「さあ、今ならまだ間に合う、行ってこい!」
「上の皆には、私たちから伝えておく。……気にしないで、元々私達は問題児集団、ナインハート様だって、こういった自体は想定の範囲内だろう」
はは、とつい笑いが零れる。
深呼吸して、僕は言った。
「ありがとう。……行ってきます!」
−−−−−−−−−−
単独任務を命ぜられたときも、たまらなく心細かった。
今はそれとは少し違っていて、まるで、心に穴が空いたように寂しい。
けれど、同時にわくわくもする。これから、どんな日々が始まるのだろう、と。
それはまるで……僕が第七隊に拾われた、あの時の様に。
「おっ、来たな」
ビクトリア便のゲートの前に、二人はいた。
「全く、遅すぎですよ! 何時まで寝てたんですかっ」
「ご、ごめん……!」
息を切らせて謝る僕に、レンさんは言った。
「さて、答えを聞こう」
優しく、けれど凛と微笑むレンさんが、ちらりと僕の荷物を見た気がした。
「見送りに来てくれたのか、それとも――」
嗚呼、突き抜ける様な蒼い空。
「あの時」も確か、そうだった。
胸を張って、僕は言った。
「僕を、連れて行ってください――!」
きっとこういうのを、人生の分岐点と呼ぶのだろう。
差し出した右手を、レンさんは笑って握ってくれた。
前書
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後書
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コラボキャラ詳細
2009.11.3up(修正版に差し替え:2009.11.17)
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