◆ Line - 3 




「ハク」
 真夜中の宿の一室で、ナイトウォーカーの彼が、僕の名を呼んだ。
「……はい?」
 部屋に居るのは僕と、熟睡したテンドー、そして彼だけ。
 窓へと座り込んだ彼は、僕の方へと振り向いた。
「お前達が連れてきた、奴らは……」
 篭手に施された龍の装飾と、ドロップ状のイヤリングが、月の光を反射してきらりと光る。肉食獣の眼を彷彿させる、そんな鋭い光り方だった。
 頭をカーキのニット帽で覆い、眼をオレンジのサングラスで覆った黒服の青年。カウダという名の、僕らの仲間の一人だった。
 結局宿の件は何とかなったみたいで、彼を含む、あの時いなかった二人の仲間には、一応テンドーとクリンから説明がされている。それでも、彼は僕に問いかけた。
 意外な問いかけ、という訳ではない。彼は何というか、少し、人見知りが激しいのだ。
「あぁ、僕らを助けてくれたんだ。宿が取れなかったらしくて、それで」
 二人がしたのと同じような説明を、僕は再び繰り返す。
 ――元々客層を限定した宿なだけあり、部屋自体は空きがあった。宿のオーナーは難色を示していたけれど、そこは騎士団の名で何とか通したらしい。問題児集団と後ろ指を指される第七隊とは言え、やはり騎士団の名は伊達ではない。
 僕の曖昧な言葉を聞くと、「そうか」とカウダは再び外を見て、黙り込んだ。かと思うと。
「……行ってくる」
 急にそう言い残し、窓の外へと飛び降りた。行ってらっしゃい、と小声で言いはしたけれど、聞こえてはいないだろう。まあ、気持ちの問題だ。
『……ねぇ』
 空気の振動によるものではない。頭の中に響く様な感じで、僕はその言葉を認識した。
 声の主は、ライトニング。同族と、契約を交わした者にだけ聞こえるその言葉で、控えめに声をかけてきたのだ。
 ふっと背後から――先ほどまではいなかったのだから、多分、今現れたばかりなのだろうけれど――ライトニングは僕の正面へと回り込んできた。
『カウダ……ふきげんだった、よね?』
「だなぁ……エールの件も、一番反対していたしな……」
 「エールの件」というのは、僕らがはぐれた事についてではない。彼女が加入した事自体についてだ。
 元々第七隊は、僕とエール、そしてフレイムウィザードに就いたもう一人の仲間を除いた四人で発足したと聞いて居る。フレイムウィザードの女性より僕は後に加入したから、彼女が加入した時の事は解らないが、少なくとも僕が見習いとして加入した当時、カウダはずっと僕の事を警戒している素振りを見せていた記憶がある。もう、何年も昔の話。
 多分、その時と同じなのだろう。加入した人間が、僕からエールに変わっただけで。多分、馴染みのメンバーに新顔が入ることに抵抗があるんじゃないだろうか。真偽は解らないけれど、そう僕は考えている。
 けれど。
『だけ、かな』
「あ?」
『……ううん、なんでもない』
「なんだよ、そりゃ……」
 はぁ、と溜息をつく。
「ま、言う気になったら教えてくれよ。……しかし、眠れないな」
 久々の、仲間達との宿泊。それに、昼間の事。なんだか、眠気というものがやって来ず、落ち着かない。
 だが、カウダの様に外を出歩くわけにもいかない。
「ジュースでも、買ってこようかな」
 勿論、ティーパックにカップ、それにポットは置かれているのだが、とにかく、出歩く口実が欲しかった。
「行くぞ、ライトニング」
 寝息を立てるテンドーを一瞥して、僕は部屋を出る。足音を極力立てぬよう、ゆっくりと。
 ……シンクロ、と言うのだろうか。心の何処かで、期待していたのかも知れない。
 僅かな間接照明に照らされたラウンジに、見覚えのある人影が、二人分。
「おお、ハク君」
 先に僕に気付いたのは、ソファの奥に座った人物――レンさんだった。
 そして、もう一人。
「ハク、か。どうかしたのか……?」
 そう問いかけきたのは……ハースだった。
「それはこっちの台詞ですよ」
 小走りに僕は二人の座るソファへと駆け寄り、ハースの側へと座った。
「一体何を?」
「唯の雑談さ。ここ数年は砂漠に篭もりっきりだったから、なかなか新鮮でな」
 そう答えたのは、レンさん。
「数年……?」
「あぁ、昔は放浪の身だったんだ。そう、エールちゃん程ではないけど、君やヴェレよりもう少し若い頃、かな」
「丁度、俺たちが旅を始める前の事だから、こちらとしてもなかなか聞き応えがある」
 はー、と素直に感心する。ハースの性格からして完全に受け身だったのかと思えば、そうでもなかったらしい。
「誰かと一緒に、旅をしていたんですか?」
 身を乗り出して、僕はレンさんに問いかけた。
「丁度、ギルド発足までの一年弱の間は、な。それまではずっと、猪だけが旅の仲間さ」
 レンさんの言葉が途切れる。けれど、すぐ。
「初めてビクトリアを旅した時を除いて、の話だが」
「意気投合した旅人と一緒に廻った……と言っていたか」
「ああ。厳密には、彼に加えてもう一匹」
 まるで過去を愛おしむ様な、そんな眼。僅かに笑って、レンさんは言った。
「――「白虎」を、貴方達はご存じだろうか」
「白虎……」
 反射的に反復して、僕は口を閉ざした。
 人語を操るという、幻獣。その大半は「生人形」と呼ばれる模造された体と命を持つ生命体であり、本物の「獣」は滅多に人前に姿を現さないと言われている。
「生人形、ではなく?」
 僕の代わりに、ハースが問い返してくれた。
「ああ、「獣」の白虎だ。知っているだろうか」
「噂には聞いたことがある気もするが……だが、ゴシップの域を出ない。武陵方面でなら、目撃情報も希にある様だが……」
「――その、「本物の白虎」が、一時期冒険を共にしたもう一匹だ」
 一瞬、空気が固まった。
「……な、何だとっ?」
「ハース、今は真夜中だってっ」
 そうだった、と彼は息を整え、改めて言った。
「嘘じゃあ、ないだろうな……?」
「こればかりは証拠がないから、自分としては事実であるという主張しか」
「それもそうだな……。……人語を理解するというのは事実だったのか?」
「ああ。彼自ら、操ってもいたさ」
 最も、とレンさんは付け足して。
「自分より、旅を共にした方との方がよく話をしていたけどな」
「どんな方、だったんですか?」
 それは純粋に好奇心からの疑問。嬉しそうに、レンさんは答えてくれた。
「一言で言うと、人生を変えてくれた存在、だろうか。自分が丁度、年齢的にも思春期真っ只中だったからかもしれないが。……でも、彼に会わずに成長していたら、もっと歪んだ人間になっていただろうな」
 ほら、とマントに隠れた翼を示す様に、一瞬肩を揺らしてみせる。
「少し違うところがあるだけで、冷たい目で見る者は沢山居るから」
「だろうな」
「他にも色々あった。当時は、海賊は未だ非公式の職だったし、それ以外にも――」
 海賊という職がエレヴ以外で公式となったのは、ほんの数ヶ月前の事だ。
 それに――。

 宿に着いた時。残りの二人と、彼らが対面した時の事だ。
 僕らの仲間の一人、フレイムウィザードのヒイノが、レンさんをじっと見つめて、一言言った。
 「胸が無くて、男か女か分かんないですー」と。
 その時、僕は初めてレンさんの声を聞いた時に感じた事――つまり、女性に近い声色だと思ったのが間違いではなかったのだと悟った。性別が解らないから、僕は僕の中で「彼」と呼んでいたけれど、本当は「彼女」と呼ぶべきであったのだと。
 ぽんぽんと毒を吐くヒイノの事だ。「女性」という確信があったからこそ、きっとそんな発言をしたに違いがない。
 ……けれど、そう考えた上での僕が想定したリアクションは、実際のレンさんのリアクションとは百八十度違っていた。
 レンさんは、清々しいほど爽やかな、けれど悪い感じが一切しない笑顔で「どうもありがとう」と言ってのけたのだ。
 そして、「女性だったんですね」と何気なしに言った僕に対しては、逆に複雑な表情で「あまり、性別は気にしないでくれ」と返してきた。
 それらが意味するモノを考えて……僕は一層、レンさんの事が知りたくなった。

「――でも、その方が言ったんだ」
 ふっと笑って、「彼」は天を仰いだ。
「生物である以上、「差異」の無い者など居ない――ってな」
 何か悟りを開いた様な、そんな穏やかな顔だった。此処ではない何処かを見つめるような、そんな眼差し。
「社会的な生命体である以上、自分とは異なるモノを、無意識に偏見の眼で見てしまうのは仕方がない話。問題なのはそれ自体ではなく、其処からの「意志」。……そんな事も、言っていたっけ」
 嗚呼、と喫茶店での事を思い出して、罪の意識さえも芽生えてきた。
 レンさんが翼を露わにしたとき、僕は、何と思ったのだろう。――何の偏見もなく「それ」に触れるテンドーとエールを、「無神経」だと、あの時僕はそう思った。
 けれど、それは当の本人が望んでいた思考では無かったのだ。
「……そいつも、翼が生えていたのか……?」
 ハースが、ソファに身を委ねつつ、そう問いかける。
 レンさんは、首を振るった。
「いいや、そういう訳じゃない。むしろ、自分以上に「異端」だっただけさ。具体的には、自分の口からは言えないけれど」
「口止めでも、されているのか?」
「まあ、そんなところだ」
 そうか、とハースは引き下がった。珍しいな、と僕は思った。
「また、何時か会いたいものだ」
 ふっと、レンさんが呟いた。
「あれ、通信機器は持っていなかったんですか?」
 思わず、疑問が口から滑り出した。
「ああ、当時も今も、通信機器は持っていないからな。あちらも、持っていなかったし」
「珍しいですね」
「確かにそうかもしれないな」
 ふふっと、彼は笑う。
「……そう言えば、こんな話を聞いたことはあるか?」
 ハースから話を振るなんて珍しいな、と思ったけれど、口には出さないでおいた。
「何だい?」
「一部の冒険者の中では、そこそこ有名なゴシップなんだが……」
 ズレかけた眼鏡を手の甲で押し上げて、彼は言った。
「人に紛れた、朱き竜の話だ。聞いたことは、無いか?」
「……いいや、知らないな」
 膝の上で指を組みながら、レンさんは答えた。
「そうか……」
「何か、気になる話だな」
 つい、そんな事を言ってみる。
 ハースが黙った、かと思うと「まあ、いいか」と小さく呟いて。
「隻眼の、不死なる吟遊詩人の噂だ……。何でも、モンスターがチートの力で人の姿を模しているらしい」
「チート、かぁ」
 言われてみれば、仲間達がその吟遊詩人の話をしているのを、聞いたことがある気がしないでもない。
「最も、信憑性は薄いんだが。その吟遊詩人も何らかの職に就いているらしいにも関わらず、通信機器も持っていない、完全神出鬼没な存在だと言うから……ちょっと思い出してな」
「成る程……まあ確かに、一次転職の際、通信機器が支給されるのが普通だからな。自分の時は、未だ海賊が非公式職だったから支給はされなかったが……」
「職業柄、チート使いなんかを追うことも多くてな……奴の事もちょくちょく耳にはするのだが……」
 レンさんの方を見、そしてハースは言った。
「お前は、どう考える?」
「どう、とは……?」
「是非、だ。奴に関しては、自らが望んでその姿を取ったという噂も、実験体、言わば被害者であるという噂もある」
「ほう」
「何れにせよチートが絡んでいる以上、俺達は立場上放っておく訳にはいかないが……」
 そうだな……とレンさんはハースから視線を外して、そして小さく唸る。
 やがて、彼は言った。
「勿論、その吟遊詩人が自ら望んで術を使ったのであれば断罪の対象になるだろうし、被害者であっても、元が人ではなくモンスターなら、やはり断罪すべき……というのが一般論なんだろう」
 だけど、と言葉は続く。
「本当に、そういう問題なのだろうか」
「と、言うと?」
「そもそも、人間と、その他の生物の違いとは、何なんだろう、と」
 心臓が、キュッと縮んだような錯覚に襲われた。
 はっ、と笑って、ハースが言った。
「また、面白い事を言うな」
「自分でもそう思うさ」
「よくある、強者弱者の関係性って奴か?」
「まあ、身も蓋もないいい方をすると、そんなもんかな」
 ……何だか、入り込めない話になってきた気がする。
 僕と、そしてライトニングは、唯静かに二人の会話を聞き続ける。
「じゃあ、アレはどうなんだ……?」
「アレ?」
 レンさんが問い返す。笑ったまま、でも眼は真剣な表情で、ハースが問うた。
「サンドローズがテララオアシスを占拠した、って件だ」
「ちょ、ハース……!」
 黙り込むつもりだったのだけど、思わず、言葉が口をついて出た。けれど、レンさんは笑って答える。
「成る程、その事か。……テララの、治安については、知っていたよな?」
「ああ。がっつり管理している御陰で、治安はいいと聞くが。その代わり、管理が独占状態だとも」
「まあ、な。……だが、その治安が良くなったのさえ、サンドローズが出来てからの事さ」
「らしいな……」
「……自分達が来るまでのテララは、なまじ豊かなだけに強奪誘拐何でもありな無法地帯になっていてな。そこをねぐらにした犯罪集団が、アリアントにも被害をもたらしていたんだ」
「それを成敗、と。まるで陳腐な英雄譚だな……」
「陳腐な英雄譚、か。確かに、その通りかもしれないな。若しくは……さらに劣悪な勧善懲悪モノか」
 それは、自嘲めいた笑顔だった。
「敵対勢力を崩壊させた英雄も、逆から見れば悪党だ。それまでマイノリティである事が多かった分、踏ん切りが付かなくてな……未だに、時々悩む」
「成る程な……その気持ちは、解らんでもない」
 そう、同情の余地のある相手を見逃してしまう事でお叱りを受ける、そんな隊だからこそ。
「だが……上がそうふらついていちゃ、ギルドも纏まらないだろ」
「そう、そこなんだよな」
 でも、とレンさんは言って。
「折角物事を考えられる頭脳があるんだから、思い悩んでもバチは当たらないと思うんだ。……思春期はとっくに過ぎたけどなっ」
 さてっ、と彼は立ち上がり、大きく伸びをする。
「そろそろ、自分は寝るよ。宿の手配、ありがとう」
「ああ、それはテンドーに言ってくれ。……明日はあいつのお守り、任せたぞ」
 「あいつ」とは多分、エールの事。
「ああ、任せてくれ。……ハク君も、明日は宜しくな」
「こちらこそ!」
 ぺこりと、僕は頭を下げた。
「じゃあ、お休み」
「お休みなさい」
 軽く手を振って、レンさんはラウンジに隣接する階段を登ってゆく。
「……俺たちも戻るか」
「ですね」
「なかなか、有益な話が出来た」
 ハースが言う「有益な話」とは大抵の場合、彼自身を優位に持っていく為の知識だ。僕が来る前を含めて、どの話がハースの言う「有益な話」に含まれるのかは解らないけれど。
 でも、僕にとっても、確かに興味深い話が沢山だった。
 ――「立場が違う以上、分かり合える事はない」という言葉が口癖の仲間、クリンを、僕は思い浮かべた。
 レンさんと初めて会った時、彼とよく似ていると思った彼女。けれど、核となる考え方は、同じ様でむしろ真逆。それがとても不思議だと思った。
 明日が、凄く楽しみだった。


−−−−−−−−−−


「ほらー、みんなー! 早く早く!」
 一番に宿から飛び出したエールが、空いた左手を僕らへ振る。
「はいはい、すぐ行くぜ!」
 次に扉を潜ったのはテンドーと、そして僕。その後から、レンさんとヴェレさんがやって来た。
 僕らは話をしながら、道なりに進んでゆく。
「それにしても、他のみんなはともかく……クリンはくると思ったんだけどなあ……」
「まあ、何か仕事があるんだろう。仕方ねーさ」
 若干不満そうなエールに、僕は苦笑いしてそう言った。
 ――「少し、用が出来た」。昨晩まで乗り気だった彼女が、今朝、急にそう言い出した。僕も残念だとは思ったけれど、元々エールが言う通りの「観光の旅」ではないのだから、仕方がない。何か、「任務」に関するよからぬ情報でも入ったのだろう。
 ただ、よからぬ情報が入ったのであれば、一応はリーダーであるテンドーが僕たちと一緒に観光なんてしていいものか、という疑問が湧いてくるが……まあ、「適材適所」ってヤツだろう、多分。
 それに、テンドーに限らず僕だってそうだ。最も、僕に関しては最近の「単独任務」に対する休暇的な意味合いもある、のかもしれないが。……それは考えすぎだろうか。
「今日は、貴方に任せてよかった……んだよな?」
 テンドーに向けてそう言ったのは、レンさん。
「ああ、任せておけ! オルビスには何度か来たことがあるからな」
「あれー、ハクも何度も来てるんじゃないの?」
「……そう言えばリーダーも、オルビスへは何度も来ているのでは……?」
 エールとヴェレさんの、疑問の言葉。
「あぁ、それはそうだが……ほら、最近まで完全に見習いの身だったから、観光なんてする余裕が無くてなぁ……」
「自分も、ゆっくりと観光するのは随分と久々だからな」
 どことなく辿々しい僕の回答に比べて、レンさんの言葉は、とても流暢。
「ふーん。……ねー、テンドー。今日はどこへ行くの?」
 エールがテンドーに問いかける。僕らの回答は適当に聞き流された感がある。別に大層な回答はしていないし、それは構わないのだが。
「そうだな。やっぱり、この辺での名物スポットと言えば……ステーションを除けば、出会いの丘とオルビス塔だろうな!」
「中心街にはいかないのー?」
「うん? それは昨日、ハクと行ったんじゃないのか?」
「ああいや、行ったには行ったけど、「観光」は出来てない……」
 つい、横槍を入れてしまう。
 何となく把握してくれたのか、してくれていないのか。
「解った。じゃあ、オルビス塔にも近いし改めて行くか!」
 後は……と彼は一瞬間をおいて。
「時間があればだが……少しぐらいモンスターを見に行ってもいいか」
「それなんだが――いや、やっぱり後でいい」
 不意に、レンさんが口を挟んだ。
「どうかしたのか?」
 小さく首を横に振って、レンさんは言葉を返す。
「いいや、今言ってもしょうがないことだから、後で話すよ。気にしないでくれ」
「……そうか、じゃあ後でよろしくな!」
 もう少し言及しても、と思わないでもないが、テンドーは彼の言葉をさらりと流した。
 ……オルビスの街は元々、飛行能力を有した妖精の街だっただけあり、現在も起伏が激しい造りになっている。加えて出会いの丘は、中心街はおろか僕らが泊まった宿からも離れており……到着するまでには、軽く三、四十分程かかった。
 長い長い石畳の階段は、やはり十幾つのエールには辛かったらしく、終いには彼女はテンドーに背負われていた。
「おいおい……そんなのでこの先大丈夫なのか?」
 そう言う僕自身も、実は結構辛かったりもしたのだが、それは秘密だ。
「おぉ、こりゃあ凄いな!」
 右手をひさし代わりに、レンさんが周りの景色を眺めて言った。
 重なる雲の足場が、まるで雲の海の様で、その上を漂う石畳の土台が、とても幻想的。空の蒼と白い雲、そして石畳の灰色が、その景色の中で見事に調和していた。
 オルビスが「空中都市」と言われている謂れが改めて理解できる、そんな眺めだった。
「ここまで登って来た斐がありましたね!」
 レンさんと同じように手で日光を遮って、ヴェレさんが言った。
「うんうん!」
「だろう、俺も初めて来た時は感動したもんだ!」
「確かに、これは凄い……!」
 僕が来たことがあったのは、この下の「本部前広間」まで。其処から長い階段を上った先の、この小さな公園までは来たことが無かった。
 それは、レンさんも同じだった様で。
「ギルド本部までは来たことあったんだがな……いやー、周囲の目なんて気にせず登っておくべきだったかな!」
「周囲の目?」
 問い掛けたのは、エール。
「ああ、ギルド関係の用で来たんだが、当時は今よりも排他的空気が凄くてな」
 街の主な住民である妖精は、プライドが高い種族。今でさえ、中心街を過ぎれば、同じ街とは思えない空気が漂う程だ。人間族であれば、出来る限り近づきたくない場所である事に違いはない。
 にやにやとしながら、ふとテンドーが呟いた。
「あー……今でも覚えているぜ」
「なになにー?」
「初めて此処に来た時の事さ。広場に向かって「立派な戦士になるぞーっ!」って叫んでさ」
 ……何となく、予想は付かないでもない。
「それで広場の人がみんなこっち向いてさ。ハースにぶん殴られて、転落しそうになって! ははっ、懐かしい」
「笑い事じゃないでしょう、もー……」
 それは、多分僕が加入する前の話。けれど、その場面が鮮明に目に浮かぶのが、何というか悲しいような。
 ふと、テンドーが一瞬真顔になった、気がした。けれどすぐ、何時も通りの笑顔で彼は言った。
「それにしても……あれも、相変わらずだなー」
 彼が指指した先には、ギルド本部の屋根――厳密には其処にある、モニュメント。
 それは、二対の翼に抱かれた、大きな透明な珠だった。その珠の中には、大きな紅葉の葉が一枚、閉じこめられている。
「あれって、単なるモニュメントではないのですか?」
 ヴェレさんが問うた。
「あー、まあ、唯のモニュメントと言えばそうなんだけどな!」
 ――僕が、昔アレを見た時に聞かされたお伽噺。
 あの珠の中の紅葉は、「世界の英雄」が持つと言われる「魔法の紅葉」の運命共同体で、同時に対なる立場にあるという物語。
 知ってか知らずか、ヴェレさんは「ですか」と一言言って、そして真剣な面持ちでそれを見つめていた。確かに、吸い込まれそうな魅力が、アレにはある気がする。
「……よし、そろそろ中心街に行こうか!」
「わー、本当っ?」
 テンドーの言葉に、エールが嬉しそうに反応する。
「もう、十分休んだしな!」
「そうだな。早い内に、ターミナルの状況も把握しておきたい」
「しかし……これをまた下るのですか……」
 先程登ってきた階段を見て、げんなりとした様子でヴェレさんが呟く。
「ま、登るよりは楽だろう。……頑張ろうか」
 レンさんの言うとおり、登りより下りの方が楽ではあるだろうけれど……。
 つい気迫の無い声を、僕も漏らしてしまいそうだった。





前書 // / / 3 / / // 後書 / コラボキャラ詳細


2009.11.3up(修正版に差し替え:2009.11.17)


Please do not reproduce without prior permission.