Acedia  − 怠惰 / 4つ目の物語 −

 両耳を飾る紫水晶に、彼は静かに触れた。感じるのは微かな魔力反応。この空間の魔力に反応しているのだろう。
 眠れる樹の森から地下へと続く大きな洞窟、その先には広い空間が存在していた。縦に長い空間で、岩肌には三段の足場がある。ミデンがいるのはその中段で、下段を覗き込んでみれば、そこは崩れたような岩石で埋め尽くされていた。
 彼としては下段にある筈の「裏口」を使いたかったが、埋まってしまったものは仕方あるまい。
 中段の岩肌には、古い時代の神殿を彷彿とさせるゲートが存在していた。青みがかった岩肌とは対照的な、白亜の建造物。人の手によって造られたのか、それ以外の者によって造られたのか、それは定かではない。が、作為的に造られた物である事は確かだろう。
 何年ぶりになるだろうか、此処へと足を運んだのは。
 この先に人は住んでいない。住んでいるのは、かつて「魔王」と呼ばれた者とその一族である。
 アーチ状の扉は半開きになっている。人の姿をした者には大きすぎる扉。その向こう側へ、ミデンは足を踏み入れた。





 人は岩壁のゲートを「別世界への扉」と呼ぶ。
 扉の向こうに生息する種族の数は、そう多くはない。だが、その殆どがゲートの外側には生息していない種族である。唯一、モノアイの白いモンスターは「ゲートの外側」でも見ることが出来るが、生息数は「内側」の方が遙かに多い。
 一説によると、このコールドアイと呼ばれるモンスターは、エビルアイと呼ばれるモンスターが変異したものだという。暗闇の中で色素が失われ、洞窟内に漂う魔力に影響されたらしい。恐らく、紫水晶が反応した魔力はそれだろう。
 とは言え、コールドアイは群れるタイプのモンスター。道を通るだけであれば、油断さえしなければ不覚を取ることはそう無い。面倒なのはこの先だ。
 「別世界への道」を下り終えた先には、広い空間が広がっていた。
 ここが、「神殿」の内部だ。
 地や柱の材質は、色からして洞窟奥地のそれと同じだろう。しかし床は平らに、柱や足の踏み場も含めて綺麗に磨かれている。所々はマナの塊によって静かな光を放っており、それが磨かれた床に反射する。
 ミデンが出た場所は少し高台になっていて、その下をコールドアイと共に、門番であるモンスター達が闊歩していた。妖精神話のミノタウロスと呼ばれる魔物に似たモンスター――タウロマシスとタウロスピアである。
 その空間は、いかにも、魔の巣窟といった雰囲気を醸し出していた。
 ミデンといえど、丸腰ではただでは済まない。知能の高いモンスターとは対話が出来る彼であるが、面倒なことに彼らとは言語体系が異なるらしい。暫く訪れていなかったが故、彼らが己を覚えているとも思えない。先に同じ高さの足場はあるが、テレポ特化でない限り届かない距離である。
 ガード、ブレスを詠唱し、次いでマジックアーマー、最後にマジックガードを掛けて、ミデンは足場から飛び降りた。
 案の定、だ。突然の来訪者に、彼らの視線はミデンに集中する。
「私、ミデンと申します。神殿の主様にお会いする為に――」
 彼の言葉を遮るように、門番達はミデン目掛けて突進を始めた。予想の範疇である。
「やはり、無理ですか……」
 槍を振り下ろすその股下をくぐり抜けるように、彼は駆け出した。
 前方に魔法使用の予備動作をする者が見えた。彼らの使う雷魔法は追尾性が高い。連続で喰らってしまえば、補助スキルを重ね掛けしているとは言え相当苦しくなる。普通の聖魔であればその都度ヒールを使用すればよいだろうが、ミデンはそうはいかない。どうするのがベストか。
「混色のマナよ我を包み、総てより護る鎧と成れ――エレメント・バグ・レジスタンス」
 出された答えは、バグレジのアクティブ発動であった。
 最近になってようやく正規のエレメントレジスタンスが開発されたが、バグが取り除かれようが体質的に常時発動が厳しい事に違いはなかった。
 ならば、バグスキルのままアクティブ使用してしまえ、というのが彼の考え方である。
 最も、不完全なままのスキルを更にアレンジして使用している訳だから、体への負担は大きく、そして持続時間は非常に短い。足場から飛び降りる前に詠唱しなかったのも、その辺りの事情が理由である。
「おっと」
 向けられた二本の槍から逃れる様に、テレポを発動させる。距離にして僅か人二人分。あまりテレポにはスキルポイントを割いていないが、攻撃を避けるだけならば十分である。
 目指すは、神殿の奥。そこまで辿り着けば、意思の疎通が出来る者がいる筈だ。
 小刻みにテレポで門番をすり抜け、開口部に向かって進み続ける。バグレジは属性ダメージを無力化させるが、ダメージには効果がない。ガードやマジックアーマーがあるとは言え、ダメージは蓄積されてゆく。
 このままでは、少し危ないかもしれない。
 そう判断したミデンは、ヒールを詠唱した。
「我が体内に潜むマナよ、我を癒す光と成れ――ヒール」
 淡い緑の光が彼を包む。発動にワンテンポ掛かる分、彼のヒールは強力だ。
 だが、これがいけなかった。
 唐突に、腹部を痛みが走った。
 タウロスピアーの槍だ。補助スキルの御陰か串刺しに成るには至らなかったが、打たれた球の如く弾き飛ばされる。
 今受けたダメージは、先程回復したダメージよりも大きい。
 落下地点にはタウロマシスが待ちかまえている。空中ではテレポは発動できない。もう一発ぐらいは持ちこたえられるかもしれないが、それ以上の追撃を喰らえば――。
 ……出来れば取りたくはなかったが、もう手段は残されていなかった。
「くっ……漆黒のマナよ、我を護る――」
 詠唱を止め、歯を食いしばる。三日月型の刃が彼を襲う。地を一回転する形で更に跳ねとばされたが、辛うじて彼は言葉を紡いだ。
「――光と、成れ――!」
 彼の背後に現れた白い女神の像と、ジェネシスかと見紛う程の白い光。
 その隙に彼は胸元へと手を突っ込み、内ポケットから円錐状の小瓶を引っ張り出した。歯でコルクを乱暴に引き抜き、中に込められた紫の液体を煽った。一般に手に入るものの中で最も治癒効果の高い秘薬、パワーエリクサーである。
「油断しましたね……」
 シャイニングレイの目的は目眩ましだ。威力よりも光量に魔力を割いた分、モンスター達にはそこまでダメージは入っていない筈。最も、それも意図した事であるが。
 一言呟いて、彼はテレポートでタウロスピアーをすり抜けようとした。
 その時だ。
 この神殿を揺らす様な大きな咆吼が、一面に響き渡った。
 凍り付く、といった表現が正しいのだろうか。タウロマシスも、タウロスピアも、コールドアイ達もがその場で硬直していた。
 唯一人、ミデンだけを除いて。
「……こいつぁとんだ上客が来たもんだ」
 唸り声と共に聞こえてくるその「言葉」は、声というよりもテレパシーに近い。
 ――黒き一対の角に、黒茶の翼。タウロマシスやタウロスピアよりも一回り小さいそのモンスターこそ、ミデンが探していた者であった。
「おめぇら、そいつにゃこれ以上手を出すんじゃねえぞ!」
 びくり、と体を震わせる門番達。彼らが割れて出来た道を、その者は歩いてきた。
「お久しぶりです、ジュニアバルログさん」
 彼らもまた「音」での言語体系は異なるが、幸いな事に「脳波」の言語体系はミデン達と同じらしい。「声」に「テレパシー」を乗せて、ミデンもまた言葉を発した。
「全く……一体どれぐらいぶりだぁ?」
「あれから一度も来ておりませんから、もう随分と」
 彼らの側で、タウロスピアの一匹が唸った。何を言ったのか、ミデンには分からない。だが、ジュニアバルログは「言葉」を返した。
「あぁ? そんなんじゃねぇよ。こいつぁ元々大陸の小型竜族だ」
 タウロスピアは尚も唸る。他のモンスター達もまた、口々にといった感じで唸っていた。
「そりゃあ、今まで抜け道を使って何度もココへは来てんだよ。これでもまだ嘘だっつー奴がいるなら「オヤジ」に聞いて来い」
 「オヤジ」という言葉に反応してか、場がしんと静まり返る。
 何となく居心地の悪さを感じ、ミデンは問うた。
「……皆さん、何と仰ったので?」
「あー、「何で人間を客人扱いすんのか」ってうるせえもんでな」
「ああ……今までは裏口を使わせて頂いてましたから仕方ありませんね。前回訪れた時は、混乱でそれどころではありませんでしたし」
「まあ、な……」
 ミデンは大きく周囲を見回す。襲いかかってくる者はもういない。
「では、あの方の所へと案内して頂いても宜しいでしょうか」
「……こいつらと闘ったばっかな割に、随分と元気だな」
「先程どうしようも無くなりまして、パワーエリクサーを飲んだところですので」
 それを聞いたジュニアバルログは、何とも申し訳なさそうな表情を見せる。
「ああ……わりぃな」
「いえ、あれが彼らのお仕事でしょうから」
 パワーエリクサーは確かに貴重な薬ではあるが、そもそも、随分と間を空けてしまった自分が悪い。
 ミデンはにこりと笑って見せた。





 かつて、旅人は友人に警告を送った。このまま暴走しても、何にも成らぬと。
 突出した者でなくとも力を得られる様、汎用職というスキル体系を整えた人々。
 「人」の定義は狭くて広く、魔物の定義は広くて狭い。
 ――迎えた結果は、旅人の予想通りのものであった。
「十、何年振りでしょうかね。そろそろ、貴方も落ち着いたと思って」
「……間を置きすぎでは無いか」
「「私達」の寿命からしてみれば、この程度の時間はどうってこと無いじゃないですか」
「……違い、ないな……」
 ミデンの正面に居たのは、この広い空間にようやく収まっていると言っても過言ではない、巨体を持つモンスターであった。その体には鎖や呪札が張り巡らされ、物理的にも、魔力的にも動けない状態に陥っていた。
 その「魔王」の名を、バルログと言う。
 静かに歩み寄り、ミデンは呪札の一枚に右手を近づけた。ミデンの素の魔力に対する反発反応と、左手に抱えた竪琴に対する融和反応――結局呪札には触れることなく、ミデンは言った。
「自業自得です。もう少し、このままで居た方が良いでしょう」
「貴様の「もう少し」は長すぎる」
「貴方だって同じではございませんか」
 少しバルログから距離を置き、ミデンは地へと腰を下ろした。
「差し入れにパワーエリクサーぐらい、と思っていたのですが、貴方の配下と応戦した時に飲んでしまいまして」
「鍛え方が足りぬのだ」
 少し小馬鹿にしたように、バルログが言った。
「無茶を言わないで下さい、私は聖魔ですよ?」
「とは言え、レベルがレベルであろう」
「それを言われるのでしたら、むしろ、門番の皆様を傷つけぬ様努力した点を評価して頂きたいぐらいです」
 門番達との攻防を思い出し、つい声調が苦くなってしまう。
 それを受け逃すように、バルログは鼻で笑った。
「ふっ、頼んだ覚えも無いわ」
「またそのような事を」
 そうは言いつつもミデンもまた笑い、ぴんと弦を一つ弾いた。
「では一曲。久々ですから、フルの方が良いでしょうか?」
「ああ、頼む」
 バルログが頷くとミデンもまた小さく頷く。
 弦の上で、指が踊り始めた。
「G^i estas "la birdo" rakonto ――」
 紡がれ始めたそれは、音・脳波共に、人の言語体系でもモンスターの言語体系でもない別のものであった。
 少し陽気で、けれど少しもの悲しいメロディから始まるそれを、バルログは静かに聞いていた。
 それはとても長い唄で、曲調も緩やかながらも刻々と変化していく。
 下り、登り、また下り、そして再び盛り上がったところで――。
 強く弦を弾いて、急に彼は演奏を止めた。
「――今は、ここまででしょうか」
「そうか」
 バルログもまた、一言そう言っただけで不満は漏らさない。
 不思議な言語によって綴られた、未完の大曲。この長さに至るまで、何十年が経過したか……。
「……極、最近」
 竪琴を撫でて、静かにミデンは言った。
「「カナリア」の群れが、また一つ姿を消しました」
「そうか……」
 それが意味するものには、共通の認識がある。
 溜息一つ吐いて、バルログは告げた。
「仕方あるまい、「あれ」の研究はリスクが高すぎる」
「……仕方がないだとか、そう割り切れれば……どれだけ楽なのでしょうね」
 不意に、彼は笑ってしまった。――解っている、これは自嘲の笑みだ。
「それは、貴様の真の望みでは無いだろうに」
「その通り、ですね」
 相違、離別、生死――割り切れるならば、それは最早別者だ。己が望むのは、他者に成る事などではない。
 また一度、ミデンは弦を弾いた。
 澄んだ音が、この空間に響き渡る。
「……儂は本来、カナリアに含まれるべき存在では無いのだがな」
「否定は致しませんよ」
 バルログが、天を仰ぐ。
「誰でも、カナリアになれる訳ではないのだろう?」
「開けるべき研究対象ではありませんからね。禁術では御座いませんが、アンダーグラウンドであるべきです」
「ふうむ」
 この空間はバルログにとってとても狭く、天を仰ぐと言っても頭上直ぐに天井がある状態である事は言うまでもない。
 だが、それでも見上げたくなる気持ちは、ミデンにも解らなくは無かった。解らないのは、別のことであった。
「しかし……何故、それを今更?」
「さあ……何故であろうな」
 ミデンの方を向き直し、にやりとバルログは笑った。
「何となく、再確認したくなった。それでは理由不足か?」
 それは、時の経過によるものなのか。
「いえ、十分ですね。そういう事は、私にもよくあります」
「確かに、研究の話を聞くのは面白い。しかし、「カナリア」は本来「探求する者」だろう。儂の様な研究に貢献せぬ者が知識の共有に何故加わる事が出来ているのか、疑問でならない」
 ミデンは暫し、無言を返す。だが、やがて彼は言った。
「……私はですね、あの研究に「人」だけが関わっていては本末転倒だと思うのですよ」
「ほう?」
「貴方がこの世界、特にこの島に与える影響は決して小さくはありません。ですから、貴方には「カナリア」になる資格があると思うのです」
「資格、とはまた大層な物言いだな」
「言いましたでしょう、アンダーグラウンドであるべきと」
 僅かな唸り声の他、返ってくるものは無かった。
 改めて、ミデンはバルログの全身を見遣った。
 幾多の呪札、強靱な鎖、随分と痛んだ一対の肩当て――。
「再確認、と仰ったという事は忘れていた訳ではないのでしょう?」
「まあ、な……」
「でしたら尚更、私はお聞きしたいです」
 それは、バルログに対して今日最も問いたかった事柄である。
「――何故、貴方は地上を襲おうとしたのですか?」





 あの当時は四次職なども無く、ビクトリアは今程の秩序を保ってはいなかった。人とモンスターとの力関係は、僅かにモンスター側に軍配が上がり、人にとってのモンスターは正しく脅威であった。
 しかし、その力関係が逆転しつつあったのがあの時代だ。モンスターにとっても、人は脅威の対象であった。
 地上への侵略を企てるバルログに、ミデンは思い留まる様精一杯諫めた。地下の主は、地上を知らなさすぎる。長すぎた人の中での生活故に、ミデンが多少人寄りの思考になっていた事は決して否めないが、しかし諫めた理由はそれだけではなかった。
 結果として、バルログは人の手によってこの地下へと封印される。人の側にも、流石にバルログを殺める程の力は無かったらしい。しかしそれは、ある意味死よりも苦痛だったのかもしれない。
 錯乱するバルログを前に、ミデンは唇を噛み締める他無かった。彼には封印を解く力が無い訳ではなかった。彼のディスペルならば、解くことは出来る。
 だが、彼はその力を使わなかった。
「――貴方は」
 絞り出す様な、苦しそうな声で、ミデンはまた問うた。
「力を蓄えた暁には、再び世界を襲うおつもりですか?」
「……愚問だ」
 バルログに、怒りの感情は見られない。ただ、淡とした回答である。
 ――封印直後、ミデンはジュニアバルログに対し「今封印を解いても、逆にバルログや魔物達が危険だ」と諭した。だが、それが一番の理由かと言えば、それは嘘である。
 バルログの僅かな動きに連動して、鎖が擦る音を鳴らした。とても重く、鋭い音。
「侵略し、人に恐怖を与える……それが儂の「存在意義」なのだ」
「存在意義、ですか……」
「むしろ、今の状況が怠惰だとさえ言えよう。本来ならば、術を解く様貴様を脅すぐらいすべきであろう……」 更に、どこか蔑視する様な目でバルログはいい加える。
「それとも、同族同士の争いが、お前の望むところなのか?」
「……そこを問われますと、なかなか辛いところですね」
 「必要悪」。
 知能ある生物は、絶えず何かと対立せねば生きていけないらしい。
 「人」とは言っても内訳は様々で、その中でも例えば人間族と妖精族などの対立はある。それでも完全な潰し合いに発展しないのは、「人」と言うカテゴリに於いての「モンスター」という敵対勢力が存在しているから、とも考えられる。そしてその法則は、同じくモンスターにも当てはまっている様に思われる。
「本の中の物語にもよくありますね。国を無理矢理纏めるべく、隣国だの、異種族だの、とにかく敵を定めた上で、実質的な侵略を行うというプロットは」
「ああ。貴様から聞いた作り話にも、随分と沢山あったな」
 とても疲れた様な顔をしている、とミデンは思った。
「貴様にあてられて、儂も随分と丸くなってしまった。例え僅かでも「人」側の事を考えてしまうのは、ある種屈辱的ではあるがな」
「例えば……ポーズを見せるだけでは、駄目なのですか?」
「だとしても、あちら側は全力で掛かってくるであろう。貴様から話を聞く限り、今度こそ命を失い兼ねん。そもそも、ポーズだけなどと温い事をする気は儂には無い」
「そうですか……」
「侵攻心が消えぬのは、本能かも知れぬし、エゴなのかもしれぬ。しかし、これは「宿命」であり「使命」であると思うのだ。それが、貴様らの研究内容を聞いての儂なりの答えだ」
「……」
「力が蓄えられれば、儂は再び地上を狙う。が、それがどれ程先の事になるかは儂にも解らぬ。儂から貴様に出来ることと言えば、それ迄に貴様らの研究が完成することを祈るのみだな」
「無茶振りですね」
 人間とモンスターの共存、そんな理想はとうの昔に吐ききった。彼らが求めるのは、その更に先の――。
 ミデンは数度、弦を弾いた。
「……今日は、語り明かしましょう。貴方が頭を冷やしている間に、また色々な方とお会いしました」
「それは皮肉か?」
「ご想像に」
 一瞬の沈黙の後。
 視線をぶつけ合った彼らは、同時に笑みを零した。
「霊水でも飲みつつ、何かつまみたいものだな」
「それが現在進行形で封印されている方の仰る言葉ですか」
「それなりに時間は経過しているからな、術が解けかかっているのか右手は動く」
 言うやいなやバルログは、だらりと下げられていた右腕を、ゆっくりとではあるが確かに振った。言われてみれば、右腕は鎖の束縛からは外れている。
「おういジュニア! 儂とミデンに霊水と肴持ってこい!」
「あ、いえ、私は普通のミネラルウォーターで……」
「折角だ、飲んでいけ。何、貴様もモンスターだ。飲めない訳では無かろう」
 ニヤニヤと、何か企んでいる様な笑みである。今日一番の笑みではあるが、ものがものだけに正直ミデンは複雑である。
 霊水は人には毒であるが、モンスターには人に対しての酒の様な物である。しかし、バルログは悪魔族でミデンは竜族。正直、ミデンの体質には合わない。
「しかし……。……いえ、そうですね、今日はご一緒致しましょうか」
 霊水に対しては、どちらかと言えば下戸の類である。だが、久々の訪問。出来うる限り付き合おうと彼は腹を括った。
 だが、それと同時に「飲まない方が長時間付き合えるのだけれど」などと、彼はどうしても思わざるを得なかった。





 果たして如何程飲んだだろうか。
 嘔吐感は無いが、流石に睡魔に押しつぶされそうだ。
「ねえ、バルログさん」
 酔いに任せて、ミデンは問い掛けた。
「あぁ?」
「本当に、再び侵略を試みるおつもりですか……?」
「何度も言うな」
 やはり、と言うべきか。バルログは一蹴した。
「魔王は人地を侵略する……それが定めよ。この世界の中ではな」
 そう言って、盃を煽る。盃、と言ってもミデンの何倍もの高さのある大きなものだ。
 モンスター同士、と言えど、ミデンは一般的な一ドラゴンで、バルログは族を束ねる王だ。仮に対立したとしても、力づくで止める事など出来はしない。
 最も、ミデンとてバルログの言っている意味は理解できる。
 複雑な思いを胸に、ミデンもまた、白い盃を口へと運んだ。



前書・目次 // Superbia / Invidia / Ira / Acedia / Avaritia / Gula / Luxuria // 後書


2010.11.3up


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